研究者だった二人が、アズビルを選んだ理由

──お二人とも東京理科大学大学院のご出身とのことですが、それぞれどのような研究をされていたのでしょうか。
日暮:大学院では量子コンピューティングに関連する研究をしていました。MEMS技術を用いて量子ビットと呼ばれる半導体素子の製作や性能評価に取り組んでいました。
豊岡:私は高分子材料の合成と特性評価を研究していました。具体的には、ディスプレイなどに使われる、光を通したり通さなかったりする特性を持つ材料がテーマです。今の仕事とは一見関係のない分野に見えるかもしれません。
──そうした研究テーマから、なぜアズビルへ入社を決めたのでしょうか。
日暮:研究室の先輩がアズビルに就職していたことがきっかけで、この会社を知りました。当時の研究テーマとの接点があったことに加え、計測と制御をコア技術とした事業内容や、研究開発拠点が首都圏にあることも魅力に感じ、入社を決めました。
豊岡:私は化学メーカーやその関連業界を中心に就職活動をしていて、その中でアズビルを見つけました。BtoBでビジネスを展開している点や技術者集団らしいイメージ、事業内容そのものに惹かれてエントリーしたのを覚えています。自分の手を動かして働きたいという思いが当時からありました。
AIが判断し、最適な運用を支援する。――アズビルが目指す、自動化の"次"にある自律化

──お二人が所属する自律化システム事業推進部は、どのようなミッションを持つ部署なのでしょうか。
日暮:私たちのミッションは、持続可能な社会に向けて、「自律化システム」によって工場のポテンシャルを最大限に引き出していくことです。トラブルに追われるのではなく、未然に防ぎながら学習していくことでパフォーマンスを高めていく。それはつまり、現場の労力を削減し、やりがいを持って働きながら生産性も上げていける状態です。そのような仕事に自分たちが携われることに、大きなやりがいを感じています。
豊岡:アズビルはもともと創業以来「人間の苦役からの解放」を精神として掲げてきた会社です。20世紀に入り大量生産・大量消費の時代を迎える中で、その手段として発展してきたのが、従来の「オートメーション」、いわゆる自動化でした。21世紀に入り、少子高齢化や労働人口の減少といった社会課題が顕在化する中で、「作れば良い」という発想だけでは立ち行かなくなってきています。そこで私たちが掲げているのが「自律化」という考え方です。
──自動化と自律化は、具体的にどう違うのでしょうか。
日暮:身近な例で言うと、手作業の掃除がほうきと塵取りだとすると、自動化は電気掃除機にあたります。吸引や集塵の機能は自動化されていますが、操作そのものは人に依存しています。一方で自律化は、お掃除ロボットに近いイメージです。「部屋を掃除する」というミッションを与えられたロボットが、状況を自分で判断しながら、自律的に掃除を実行し、完了させる。従来の自動化が情報処理レベルまでの自動化だったとすると、自律化はさらに一段上の「判断・意思決定」の一部までシステムに任せ、人はより上位の仕事に集中できるようにする、という考え方です。
──自律化を実現するためには、具体的にどのような機能を持たせる必要があるのでしょうか。
日暮:自律化を実現するシステムには、大きく次の5つの機能が必要になります。まずシステム自身が「最適なプラン立案」を行います。現場で実行していく中で、何か障害が発生した場合は「状態認知・障害の予知予測」機能によって捉え、その課題の「解決策を提案」し、「自動化層へフィードバック」します。そしてその結果を受けた「評価・強化学習」によって、システム自体がさらに賢くなっていくのです。この5つの機能がループすることで、単なる自動化を超えた、自律化したシステムによる生産性の向上が可能となります。私たちの最終的な目標は、持続可能な社会の実現であり、働く人のWell-beingの向上にあると考えています。

提供:工場・プラントの自律運用システム ー Fractal Green Autonomy
企画と開発、二人三脚で製品を生み出す

──日暮さんは企画・マーケティング、豊岡さんは製品開発とのことですが、それぞれ具体的にはどのようなお仕事をされているのでしょうか。
日暮:私は自律化システムのうち、工場における「設備管理」領域の製品を担当しています。お客様やエンジニアリングチームからニーズをヒアリングして機能要件に落とし込み、開発チームと共に製品化し、お客様へのプレゼンまで、全体を通して関わっています。
豊岡:私はソフトウェア開発の業務全般を担当しています。新製品の設計や、既存製品の機能改善が主な仕事です。今、自律化システムを構成する複数の製品は、それぞれ個別のプログラムとして動いており、まだ完全な連携ができていません。将来的にそれらをひとつにつなげるには、共通したプラットフォームが必要になるので、その設計にも取り組んでいます。
BiG EYES MM™――「設備の健全性を守る」保全AI

──日暮さんが手がける「BiG EYES MM™」とは、どのような製品なのでしょうか。
日暮:AIベースCBMプラットフォーム「BiG EYES MM™」は、設備のCBM(状態基準保全)を実現するシステムです。事前に製造ラインの温度や圧力、流量といったプロセスデータに加えて設備管理用の振動値や電流値をビッグデータとして、正常時の挙動パターンを学習します。それらのデータを元に通常と異なる挙動を示した際に、予兆段階でお知らせし、設備の予兆保全を実現します。
──従来の監視システムとは、どう違うのでしょうか。
日暮:従来型の監視システムは、あらかじめ設定した"しきい値"を超えた時点でアラームを出す方式が中心でした。その場合、現場では誤検知を避けるために"しきい値"を広めに設定するため、アラームが鳴ったタイミングでは異常状態がかなり進行していて、対応が後手に回りやすいという課題がありました。それに対してBiG EYES MMは対象によりますが数日前から数カ月前といった早い段階で異常予兆を捉えるため、対応を検討する時間的な余裕が生まれ、設備故障の未然防止につながります。
──導入することで、現場で働く方々の働き方にはどんな変化がありますか。
日暮:設備管理の仕事は、夜間や休日でも呼び出しの連絡を受けて対応する、ということが従来はよくありました。BiG EYES MMが高精度に設備状態を監視してくれることで、そうした負担も減らせます。Webアプリケーションなので、自宅からでも設備状態を確認できる等、多様な働き方の実現にも貢献できます。
VIRTUAL PLANNER™ PP――熟練者の「経験と勘」をAIに

──豊岡さんが手がける「VIRTUAL PLANNER™ PP」は、2026年1月にリリースされたばかりの新製品とのことですが、どのようなシステムなのでしょうか。
豊岡:AI最適生産計画立案システム「VIRTUAL PLANNER™ PP」は、材料やオーダーの制約、生産能力など、さまざまな制約条件を満たした上で、最も合理的な生産計画を自動で立案するシステムです。飛び込みのオーダーや設備トラブルなど状況の変化が生じた場合も、自動で計画を柔軟に立て直す機能を持っています。
──導入後の現場では、どのような変化が生まれているのでしょうか。
豊岡:従来、工場の生産現場ではExcelでガントチャート(プロジェクトや作業計画の進捗を管理するための表・グラフ)を手作業で作成するなど、計画立案に多くの時間がかかっていました。VIRTUAL PLANNERの導入によって、従来の20分の1程度の時間に短縮できていると思います。
──生産計画の立案は、これまでどういった課題を抱えていたのでしょうか。
豊岡:生産計画の立案は熟練者の経験と勘に頼る、属人的な業務になりがちでした。現場を熟知している必要があるため、計画を立てられる担当者が工場に一人しかいない、というケースも珍しくなかったのです。VIRTUAL PLANNERはそうした暗黙知をシステムに落とし込むことで、属人化の解消にもつなげています。空いた時間を改善活動など、より創造的な業務に振り向けられる点も、大きなメリットです。
──開発において、特に苦労された点はありますか。
豊岡:BiG EYES MMの開発時の話になりますが、ある程度自動化が進んだプラントには、すでに数千から数万点に及ぶ計測データが存在します。ただ、それらを単純にAIへ入力しても、良い結果は得られません。アズビルならではの知見をもとに、どのデータを用い、どう学習させ、どのようにアウトプットを見せれば分かりやすく精度の高いものになるかを検討することに、最も苦労しました。お客様や社内のエンジニアリング部隊とのコミュニケーションを重ね、実際の現場データを使った試行錯誤を繰り返しながら、乗り越えてきました。
──新しい製品をゼロからつくることに、難しさを感じる瞬間はありますか。
日暮:既存製品のバージョンアップではなく、世の中にまだない製品や機能をゼロからつくり上げるプロセスは難しくもあり、同時に一番のやりがいでもあると思っています。新しい技術領域なので、お客様自身も何が実現できるのか分かっていない段階から、ニーズを掘り起こす必要があります。技術ありきで考えるのではなく、お客様のニーズを起点に、それを実現する手段としてAIを活用する、という考え方を大切にしています。
フラクタルのように広がる、自律化のビジョン

──BiG EYES MMとVIRTUAL PLANNER、異なる領域の製品を手がけるお二人ですが、共通する部分はあるのでしょうか。
日暮:現在リリースしている自律化システムには「生産管理」「品質管理」「設備管理」という3つの領域のループがあり、それぞれの完成を目指して開発を進めています。VIRTUAL PLANNERは生産管理のループ、BiG EYES MMは設備管理のループを担っていますが、どちらも同じ自律化のコンセプトから生まれた製品です。
──その自律化システム全体には「Fractal Green Autonomy」というブランド名がついているそうですね。どのような意味が込められているのでしょうか。
日暮:Fractal、フラクタルは数学用語で「自己相似形」を意味します。ミクロに見てもマクロに見ても同じような構造が繰り返される、という考え方です。工場における最小単位の制御から、装置やプロセス単位、そして工場全体へと、自己相似的に自律化が広がっていくイメージを込めています。一人ひとりの働き方の改善が、会社全体、社会全体の改善につながっていく、というコンセプトでもあります。GreenはサステナビリティやWell-beingを、Autonomyは自律を表しています。

提供:工場・プラントの自律運用システム ー Fractal Green Autonomy
──お二人が所属する部署は、職種の垣根を越えて意見を言いやすい、風通しの良い組織だと伺いました。実際の体制や、働くにあたって感じることについて教えてください。
豊岡:自律化システム事業推進部は、比較的年齢の近い30代中心のメンバーが多いです。一般的な企業ではマーケティング部門やエンジニアリング部門、開発部門はフロアが分かれているのが普通で、組織が分断されがちですが、私たちの部署ではこれらが一つの部の中にグループとして集約され、物理的にも近い場所に集まっています。この配置のおかげで、グループ間のコミュニケーションが自然と活性化されていると感じます。
日暮:技術の変化が速く、対象となる工場も業種ごとに性質が異なるため、一人だけの知識や経験で完結できる仕事はほとんどありません。だからこそ、社内でも自分の専門外の分野については、謙虚に専門家の力を借りる姿勢を大切にしています。これは職種を問わず必要な姿勢だと思っています。
これから挑む「創造」と、理系学生へのメッセージ

──お二人は今後、それぞれどのような目標を持っていますか。
日暮:まずは自律化の構想である前述の「3つのループ」を完成させ、製品間の連携を実現させることが目標です。将来的には、工場という枠を超えてお客様へ届け、より広く社会全体で使われる技術に育てていきたいと考えています。
豊岡:自律化のコンセプトを完成形に近づけるため、まだ足りていない製品や機能を順次リリースしていきたいです。並行してAIをさらに活用しながらシステムを発展させる「AI駆動開発」の推進にも、取り組んでいきたいと思っています。
──最後に、理系の学生に向けてメッセージをお願いします。
日暮:オートメーションという技術は、普段の生活の中では目に触れにくい「裏方」の存在です。オフィスや商業ビルなどの快適な空間をつくりだす空調制御システムや、工場やプラントの生産を支える計測制御機器や制御システムなど、実は私たちの身近な生活を裏で支えています。そうした縁の下の力持ちのような事業と、最先端のAIを組み合わせると、すごく面白いことができると思っています。そこにワクワクを感じてもらえる方に、ぜひ来て欲しいですね。
豊岡:情報処理のスキルは製品開発の現場で役立ちますが、それだけでは十分ではありません。特定の専攻がぴったり当てはまるというよりも、幅広く学び続ける姿勢の方が大切です。大学院での研究を通して、仮説を立てて検証する力や、データから原因を考察する力を培ってきた方であれば、専攻が直接関係していなくても十分に活躍できます。私自身、学生時代の有機合成は一見畑違いに見えますが、意外と今の仕事に役立っています。
編集後記
量子コンピューティングと高分子化学。異なる分野を研究してきた二人が、企画と開発という異なる立場から見つめているのは、同じ方向だった。BiG EYES MMは設備管理、VIRTUAL PLANNERは生産管理。担う領域は違っても、二つの製品が「Fractal Green Autonomy」というコンセプトのもとに生まれていることを知ると、アズビルが目指す自律化の輪郭が見えてくる。判断の一部をシステムが引き受け、人はより創造的な仕事へ。それは同社が掲げるパーパス「人と社会の可能性を、技術で解き放つ。」の実践そのものだ。創業以来受け継がれてきた想いを土台に「効率から創造へ。不可能を可能へ。」と現場の新しい価値創造へ挑む。その最前線に理系の知見とAIをもって立つ二人の姿は、この分野を志す学生にとって、確かなロールモデルになるはずだ。
