「大いにやらかし、飽きたら逃げよ」ー元DMM・個性派おっさんエンジニア佐々木健のITジョブホッパー道

インタビュー

2019.05.09

LabBase Media 編集部

理系キャリアを描くフィールドはさまざまだ。そして、キャリアには思いもよらない転機もチャンスも壁もつきものだ。そんな物語としての理系キャリアを伝えていく「理系キャリアストーリーズ」。自分の少し先を歩く理系キャリアの先人たちのリアルストーリーから、自らのキャリアをワクワクしながら描いていってほしい。 10社以上のIT関連企業への転職経験を持つ佐々木健氏は、大手企業での長期雇用を希望するエンジニアにとっては興味深い存在だろう。大学院在学中から当時まだ珍しかったエンジニア業を生業とし、サーバー構築やネットワーク構築から経営企画、オウンドメディア運営、はたまた「おっさんレンタル」まで。あらゆる仕事をこなしてきた佐々木氏に、エンジニア業に対するスタンスやキャリア感について伺った。ひょうひょうとした語りに潜む独自の哲学に注目だ。

  • 佐々木 健

    フリーランスエンジニア

麻雀、オーケストラ、ときどき研究。国家公務員を蹴ってITの道へ



――東京工業大学を卒業されたそうですね。どのような大学生活を送っていたのでしょうか?


本当は秋田大学や京都大学に行きたかったんですよ。秋田や京都って美人が多いじゃないですか(笑)。でも秋田大学には理学部がなく、京都大学は見事に落ち、併願してたまたま受かっていた東京工業大学に入りました。


大学ではきれいなお姉さんに誘われ、オーケストラでバイオリンを弾く羽目になって。夕方から楽器を弾いて夜は麻雀という暮らしを続けていたら、大学卒業に6年かかりました(笑)。オーケストラは体育会のような環境で、先輩の命令は絶対。おかげで怒られることへの耐性がつきましたね。


――充実した大学生活でしたね(笑)。研究はどのような内容だったんですか?


元々数学を志していたのですが、天才的に数学のできる人を見ててこれは無理だなと思い、物理学科に進学しました。学部6年目に仁科記念賞を獲った有名教授の研究室に所属して表面物理を研究しました。真面目に生きようと思って(笑)。


しかし研究で使用するはずの電子顕微鏡が途中で使えなくなるトラブルがあり、研究テーマを急きょ変更して、卒論はコンピューターシミュレーションを用いて書きました。半導体表面の成長過程をコンピューターでシミュレーションすることにより、品質の高い半導体を作るための温度設定を考察する、という内容でしたが、研究室に当時としては高速な計算機があって本当に助かりました。計算機パワーは大事です。


――その後、大学院にも進学されたそうですね。


情報科学を深掘りしたくなり、東京大学大学院の総合文化研究科広域科学専攻に進みました。東工大の大学院も受けたのですが、面接にサンダルで行ったら落ちましたね(笑)。


大学院では、認知科学や人工知能を勉強したのですが、通学途中にある将棋センターに寄ったり プログラミングのバイトに熱中。気づいたら3年経っていたので退学しました。国家公務員試験にも受かっていたんですが、バイトの延長戦のような感じでそのままインターネットの世界に足を踏み入れましたね。


――国家公務員試験をパスしていたんですね! それでもエンジニアとしての道を進んだのは、なぜだったのでしょうか?


プログラマーをやっていると、ついでにネットワークや環境構築までやらされることがあったんです。そうやってネットワークをいじっていると、「わーい、つながった!」という達成感が楽しくて。夢中になっているうちに、インターネットの世界へと道を踏み外していきました(笑)。


大いにやらかせ! 失敗は人とのつながりを構築する武器



――最初に就職した会社ではどんな仕事をしたのでしょうか。


インターネットサービスプロバイダの管理者の仕事です。会員は2万人以上いるのに、管理者は前任者が退職して僕1人。 トラブルだらけの低品質な管理体制でも、サービス提供は続けられるんだな、と心が鍛えられました。自然と業界内での人のつながりもできましたね。


約1年勤務したあと、Unixなどのインターネット技術に強いアステックに転職し、エンジニアとしての基礎を身につけました。社内には、インターネット業界の第一人者や専門誌に連載を持つような有名人がゴロゴロいました。当時の人脈は今でも生きているので、有名人がいる会社に入ると良いことがあるぞと言いたい(笑)


――とはいえ、会社にいるだけではつながりはできないですよね。どのような工夫をしたのですか?


失敗を恐れずに、むちゃぶりを引き受けたことでしょうか。やらかしたほうが先輩や上司に覚えてもらえて、つながりができるんです。もちろんめちゃめちゃ怒られますよ。でも私はオーケストラやバイト先の雀荘で怒られ慣れていたので大丈夫でした。 優秀な学生こそ、優秀ではない趣味を持つといいですよ(笑)。

――その後も数社で勤務されていますね。一番忙しかったのはどの会社にいるときでしたか?

社会人になって4年目、タイムインターメディアに勤務していたときですね。ネットワークエンジニアとして関わったプロジェクトは2年間で200個ほど。第一興商のデンモクのプロトタイプ作りでカラオケに缶詰めになったり、ユニクロのデータセンターに閉じ込められたり、とにかく仕事に集中した結果、 若くして部長にもなりました。


ところがその後、結婚を意識した彼女ができて、仕事に忙殺される働き方を改善するべきか、少し迷走します。その後めでたく結婚しましたが、しばらくして離婚しました。人生どこに落とし穴があるか分からないですね(笑)。


キャリアの幅を広げる方法は「むちゃぶりに応え続け、飽きたら逃げる」



――キャリアを通じて、仕事の幅はどのように広げてきたのでしょうか。


その後、別のベンチャー企業を経て、フリーランスエンジニアを支援する首都圏コンピューター技術者協同組合の門をたたいたら、経営企画室で働けと言われて。まったくの畑違いでしたが僕は押しに弱くて、プライバシーマーク取得や社内システム刷新、補助金事業など何でもやりました。


現場から3年ほど離れてしまったため、第一線のエンジニアに戻れないと感じた半面、能力の幅は広がりました。キャリアパスで仕事の幅を広げるのは、ドラクエと一緒。 戦士から魔術師に職業を変えると、呪文は覚えるけどレベルは一旦下がるんですよ。でもただの戦士よりも、 呪文も使える戦士になったほうが面白いと思いませんか?


――直近のキャリアであるDMM.comラボには、前勤務先からの縁で所属したそうですね。


当時DMMのインフラをゼロから作った役員に引っ張られて入社したのですが、常に無理難題が降ってくる状態(笑)。「部門計画を考えろ、締め切りは1週間後」「社内勉強会がはやっているからやるぞ」と言われ、「は、はい」と応じて(笑)。無茶苦茶でしたけど真面目に働いた結果、1年目に個人賞をもらいました。


――要求に応えて結果を出し力をつける流れは、ずっと続いてるんですね。


むちゃぶりに応えて、幅を広げて、飽きたら逃げる(笑)。 DMMの会社ブログ「ツチノコブログ」の管理者もむちゃぶりされた仕事のひとつです。でも楽しそうに運営していたら多くの方々が協力してくれたので、人気サイトに成長できました。 間違ったら謝ればいいから好きにやってみる、というノリも大切ではないでしょうか。


雑談からパシリまでニーズに応じて時間単位でおっさんをレンタルできる「おっさんレンタル」も、DMMの事業の幅を広げようと調査も兼ねて見に行ったら、上司に「おまえ、見聞が広がるからやれよ」と言われて。反響もあって面白かったですね(笑)。


――せっかく成功したフィールドを明け渡せるのは、なぜだと思いますか?


他の人がやれることは任せたほうが楽だし、私よりも上手にやってくれると思うんです。後輩に任せられる安心感が出てきたら、では何か別のことをしようと転職してきました。たまに逃げどきを間違えて社内体制がガタガタになったとか聞くと反省はしますが(笑)。


今もし就活生なら楽しいベンチャーに行く



――佐々木さんのようにキャリア展開の早い生き方は、今後ますます増えそうです。辞めることを恐れないキャリア、辞めてもなんとかなるキャリアのために何を心がけていますか?


背伸びせずありのままでいること、つらい思いをして強くなることでしょうか。会社に3年いるつもりなら、その3年間とことんつらい思いをしたらいいと思います。恋愛もそう、つらい恋をすると鍛えられますよ。よし、たくさん恋をしよう(笑)。


――就活中は人生の迷子になることもあります。どうやって前を向いたらいいのでしょうか?


迷子になるのは仕方がないと思うので、笑うしかないかな。「ははは、迷子になっちゃったどうしよう(笑)」って。迷子になったことすら楽しめたらいいと思いますね。


――もし今ご自身が就活生で、エンジニアとして就職するとしたら、どんな会社を選びますか?


元気な経営者がいて、将来性のある技術を扱っている企業に行きたいですね。ベンチャー企業もいいと思います。未来のために技術投資をしている企業、 トヨタ、ソフトバンクなんかは外せないし、ブロックチェーンベンチャーも興味がありますね。あとは月並みだけど GAFATencent、Alibaba、HUAWEI、インドのホテルベンチャー OYO(オヨ)あたりも面白そうです。


――最後に、今後のビジョンや就活生へのメッセージを伺えますか?


私は押しに弱いので、人に流されながら楽しく生きて、つらかったら逃げるような生き方をしたいです。格好悪いですが(笑)。でも、ありのままの自分を受け入れてくれる場所はどこかにあるんですよ。だから、何かしら「これだけはできる」という強みを増やしつつ、いるべき場所を見つけていけばいいかなと思います。


得意なことは楽しいけれど、できないことをやったほうが幅は広がります。嫌々やったことは「やっておいて良かった」と後で感謝できますが、やらずに逃げてしっぺ返しが来た経験は何度もあります。今まで、やらなければ良かったことは一つもないですね。


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編集後記


ひょうひょうとした語り口の中に、人とのつながりや挑戦することを重んじるなど高い人間力を感じさせてくれた佐々木氏。エンジニアという生き方の柔軟さを現在進行形で体現する彼は、培ってきた高い市場価値と人脈、そして好奇心のままに進む姿勢に裏打ちされ、理系就活生にとって見逃せないキャリアモデルの一つとなるだろう。




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ライター
水田 真梨
カメラマン
児玉 聡

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