研究と教育から「クラゲ」を極める小玉悠然さんが描く未来

インタビュー

LabBase Media 編集部

研究と教育から「クラゲ」を極める小玉悠然さんが描く未来

型にはまった就活に喝! 自分の「好き」や興味を極めに極め、誰にもまねできないユニークな理系キャリアを築いている人に話を聞き、キャリア選択への”ドキドキ”や”ワクワク”を刺激する連載「理系キャリアの拓き方」。 今回はクラゲの魅力を配信するwebメディア「クラゲ屋」運営者の小玉悠然氏。学生時代は大好きなクラゲの研究に没頭し、現在は研究を教育という形で社会に還元している。「好きな研究で生きていく」人生は、本当に幸せなのだろうか?―自身の経歴や教育観を踏まえ、小玉氏が考える「研究との生き方」について、お話を伺った。


「研究がしたくて仕方なかった」――内定を辞退して大学院へ


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――まず、小玉さんがクラゲに興味を持つようになった経緯からお聞かせください。


父親がJRA(日本中央競馬会)の獣医だったので、物心ついたときから生き物は身近な存在でした。牧場の中に社宅があって、窓を開けると目の前を馬が歩いているような環境で暮らしていたことも(笑)。そのおかげで、生き物と触れ合うことはとても好きだったんです。


父の仕事の都合で、小・中学生の頃は海外で過ごし、高校で日本に戻りました。学校の勉強はいつも苦手でしたが、学年が上がるにつれて「理科のなかでも特に生物科目は好きかもしれない」と徐々に興味が絞られていきました。


――その後、北里大学に進学され、クラゲの研究に打ち込むことになるんですよね。クラゲの研究をしようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?


もともとフグの毒の研究をしたいと思い進学したんです。しかし進学してから、化学の才能がないことに気づいてしまい……(笑)。規則正しく並んだ有機化学の構造式を見ても、なんだかきれいだと思えなかったんですよね。興味が持てなくて、なかなか覚えようという姿勢になれませんでした。


これはマズいと思い、なぜフグの毒の研究をしたかったのかを考え直してみた結果、自分は「その生き物がなぜ毒を持ったのか」を知りたいんだと気づいたんです。


そんなとき、授業でクラゲには未知がたくさん残されていることを知りました。その余白の大きさがチャレンジングだなと思い、クラゲの研究にシフト。以後はクラゲの餌を主に調査して、卒論と修論も「アンドンクラゲの成長に伴う食性変化」といったテーマで書きました。


――大学卒業後のキャリアはどのように考えていましたか?


就職活動は学部生の頃に少しだけしました。やりたいことができそうな企業数社から内定をいただきましたが、最終的に大学院に進学。やっぱり研究がしたくて仕方がなかったんです。当時は3日間研究室に泊まり込み、1日10時間クラゲの写真を撮り続けるほど没頭していましたから。


仮に就職して副業ができても、自由な時間はたったの週2日。それだけでは満足できないと思い、大学院で研究を続けることに決めました。


「面白くない」と思われるのも、成功のうち


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――大学院に進学した後は、教育活動にも力を入れていますよね。どのようなことをされていたのですか?


NPOのキッズドアと共同で、実験やセミナーを行っています。また、運営に携わっているクラゲの魅力を発信するウェブサイト「クラゲ屋」の活動を生かして、江ノ島でクラゲを採集するツアーやシンポジウムも開催しています。


理科が苦手な子でも、水族館でクラゲを見ると「ふわふわしていて可愛い」「ちょっと気持ち悪い」など、何か感じることがある。「感じる」を利用して、物事に興味がない子に選択肢を提供できないかと思っているんです。


――「選択肢」とは具体的に何を指すのでしょう?


「自分は何を面白いと感じるんだろう」と考えるきっかけですね。 クラゲに触れて「面白い」という子もいれば「面白くない」「気持ち悪い」という子もいます。「面白くない」と思われることも、一つの成功の形です。面白いと思うものを探すきっかけになるから。この違いを知ることが、非常に意味のあることなんです。


現在の教育には、さまざまな体験の機会が欠けていると感じます。進路に悩む学生は、自分にとって本当に面白いものは何かがよく分かっていないのかもしれません。むしろそこさえ分かっていれば、選択は間違えないのではないでしょうか。それを考えるきっかけを提供する意味でも、クラゲという変わった生き物を使って教室を開催しています。


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――子どもたちにとってはかなりユニークな体験になりますね。彼らは小玉さんの開催する教室をどのように受け取っているのでしょうか?


多くの子どもたちは、ベースとなる知識や経験が少ないからこそ、ひとつの現象や物事に対して「好きか嫌いか」という単純な感想から、非常に豊かで面白い発想を繰り広げてくれます。その一つひとつに対して「なぜなのか?」と丁寧にさかのぼっていくことを大切にしています。


一方、SSH(スーパーサイエンスハイスクール)の学生は優秀な子も多く、活発に質問を飛ばしディスカッションに参加してくれます。ただ、生き物のことを学ぶうえで、既存の知識を使って議論をするだけでは不十分です。


例えば、クラゲは5億年もの長い時間を生き残ってきた生き物です。彼らがなぜ数億年という長い歴史を生き長らえてきたのか、生き残るために必要な仕組みの原始的な部分はどうなっているのか――それを自分の頭で考えることが大切だと伝えるよう意識しています。


多くの子たちは、成長するにつれて、自分が何に向いている、向いていないという軸で物事を捉えてしまいがちです。しかし中学生頃までは、「好きか嫌いか」で物事を捉えることが多い。これくらいの年齢までに、自分が何が好きで嫌いかを知るために、たくさんの経験をしてもらいたいなと思っています。


「好きと嫌い」の発見が、研究者への第一歩


――大学院を卒業されてから現在まで、どのような活動をされているのでしょう?


一旦研究から離れ、NPOでの教育プログラム提供やキャリア支援、リフォーム業など、複数の事業を展開しています。クラゲ屋としてイベントや情報発信なども継続していますね。


――何が何でも研究をしたいと思っていた学部生時代と変わって、社会に出ようと思ったのはなぜですか?


博士に進むかどうかすごく悩んで、「三宅先生を言い負かせたらドクターに行こう」とルールを決めました。三宅先生を論破できたら、それだけ実力がついたということですからね。でも、挑み続けた結果ボロ負けで……(笑)。


もし言い負かせなかったら、一旦研究から身を引いて裏方の活動をしていこうと決めていました。クラゲ研究のサポートや普及活動もしてみたかったので。そこから今の活動がありますね。


――決断の方法もユニークだったんですね。今後のキャリアはどのように考えていますか?


今は仕事に専念しつつ、時機を見計らって社会人博士としてまた研究に戻れたらと考えています。だからこそ、知識が古くならないように最新の論文はおさえ、学会にも参加しています。クラゲ屋の活動を通じて、アカデミックな領域の人ともつながっていて、調査に行くときに声をかけてもらうこともあるんですよ。


他には、さまざまな理系分野の人を集めて、実験や講義を提供するラボのような場所を作りたいです。SSHの子や支援学級の子を含め、さまざまな人に実験を見せたり、講演をしたりできるような。学校にはない設備がそろっていて、月額制で実験設備が使い放題になっても面白いですよね。子どもたちが大学生と同じ目線で実験できる空間を作りたいです。


子どもたちにいろんなものを見せたい。好きなものも嫌いなものも見て、自分の興味を突き詰めてほしい。「なんとなく」という妥協的な感覚で判断するのは、あらゆる局面において、人生を悪い方向に導いていきます。


研究者だって「シロアリにはまったく興味ないけど、クロアリは大好き」みたいな人ばかりじゃないですか(笑)。自身の信念がぶれないように、よりマクロな視点でまずは何が好きで嫌いかを突き詰める事が重要であると思います。


だから子どもたちには、少なくとも「これが嫌いだ。なぜなら」と理由を述べることができるまで、嫌いなものを発見してほしい。そういった機会をもっと作っていきたい。最近はそんなことを考えています。


心から研究を愛しているなら、ビジネスには手を出さないほうがいい


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――読者の中には、研究活動をビジネスに応用したいと考えている人もいると思います。ご自身の経験から、そういった働き方は勧められますか?


興味を持って取り組むのであれば、素晴らしいと思います。発信する情報媒体を持つことで、新しい出会いも生まれる。研究活動だけではぶつかれなかった壁に挑むこともできます。


一方で、もし「自分はこの研究をやるために生まれてきた」くらいの気持ちがあるなら、ビジネスには一切手を出さないほうがいい。自分の研究が役立つ可能性の低さを感じてしまうからです。真面目な人ほど研究の意味が見えなくなって、つらい思いをすることになるかもしれません。


ビジネスの世界に向いているのは、世間に向けたアウトプットが得意な人。それは研究で学術領域に革新を起こすアウトプットができる人と必ずしも重なりません。「純粋に研究しかやりたくない」「研究が何かの役に立つと信じてやり続ける」くらいの気持ちならアカデミックな場所で生きた方が幸せだと思います。


勿論潤沢な資金で研究を行いたいのであれば、社会貢献性をどうしても押す必要があります。しかしビジネスと違ってその成果が金銭に直結しなくとも良いので、より広い文脈から語ることが可能です。そこがアカデミアに在籍し続ける最大の利点の一つかと思います。


――「研究」と「ビジネス」、両方の世界を見てきた小玉さんから、学生に伝えたいことがあれば教えてください。


大学名は、大学を出た瞬間に半減すると思ってください。アカデミアでは役に立つかもしれませんが、ビジネスの世界で成功している人を見ると、学歴は関係ないと感じます。 「ただ知識を持っている」だけではお金を稼ぐことはできません。


「あなたは何をやってきたのか」と問われたときに、卒業した大学名ではなく、「これが好きで、こういったことをやっています」と自信を持って言えること。好きなものをしっかりとアピールできる人こそ、魅力的だと思います。


編集後記


取材中も、小玉氏は話題がクラゲに及ぶとおもむろに本を取り出し、喜々として語っていた。事業家でありながら、その姿は確かに研究者であり、そして少年のようでもあった。


興味に対する情熱を教育へと注ぐ小玉氏。彼の学び場でさまざまな体験をする子どもたちは、きっと心奪われる何かに出会うだろう。そんな希望を抱くことができた取材だった。

ライター
佐藤 拓弥
カメラマン
森屋 元気
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