AIで魅力を数値化する――東京大学・山崎研究室が挑む「魅力工学」とは

――山崎先生の専門である「魅力工学」とは、具体的にどのような研究なのでしょうか?
「人の心に響くものとは何か」を科学的に解明しようとする試みです。AIや機械学習などの技術を使い、これまで個人の感覚によって判断されていた「魅力」を、データや言語で表現することを目指します。ビッグデータの活用の発展や、AI、機械学習の技術の進歩により、「魅力とは何か」が部分的に明示できるようになりつつあるんです。また、心理学や社会学、計測工学など異分野とのコラボレーションも進みつつあります。
例えば、プレゼンテーションを例に考えてみましょう。プレゼンとは、内容やスライドの構成、デザイン、話し方、声のトーン、ポージングなど、さまざまな要因が絡み合っています。あるプレゼンが「80点の出来栄え」と評価されたとき、なぜ80点をとれたのか、20点分は何がマイナスだったのかを、客観的な数値として具体的に明らかにしたい。
複数の感覚的な要因が絡んでいるため、これまではどうしても体感的な改善をすることしかできませんでした。そこで、プレゼンの「魅力度」をデータ化できれば、データを元に改善できるのではないか。ここで魅力工学が役立つんです。
――「研究はすぐに社会の役に立つわけではない」という認識が一般的である中、魅力工学は日常生活に非常に近いところにあるんですね。
おっしゃる通り、アカデミアでの研究は得てして「何の役に立つの?」と存在意義が問われることが多い。もちろん、純粋理論のような学問も大好きです。ただ、私自身は、研究が面白いものであり、かつ社会の役に立つものも多いということを分かりやすく世の中に示したいと考えたんです。そこで、専門は画像や映像の解析ですが、それを社会実装する形でアウトプットしたものを「魅力工学」と名付けました。
――数値化の難しい「魅力」に関心を持ったきっかけはなんだったのでしょうか?
学生時代、半導体物性を生かしたアナログVSLIの研究をしていたときのことが原体験にあります。アナログVSLIの設計は、経験による勘どころや絶妙な技巧が性能を左右するため、感覚的な要素が強く求められる。いわば、匠の世界です。
そうした経験から、機械学習やAI関連の研究をするようになってから、ふと「匠って何だろう」という疑問が浮かびました。言語化できない、経験と感覚に裏付けされた技量の一部をつまびらかにできれば、「どうすればその高みに到達できるのか」が分かるようになる。自分は経験やセンスがないと感じている人も、スキルを磨くためにより具体的な行動を起こせるようになるのではないかと思ったんです。
――実際、魅力工学は、現在さまざまなビジネスで活用されていると伺いました。山崎先生はこれまで、どのような事業で研究を応用されてきましたか?
分かりやすいのは広告映像の印象予測ですね。映像の画像や音、フレーズ、放送時間帯など、ひとつの広告を構成する多面的な情報をディープラーニングで処理。「どのように発信すると人の心により響くのか」を分析し、人の記憶に残りやすく、購買意欲を高められる広告作りに役立てられます。
それから、不動産も魅力工学と組み合わせることが可能です。不動産の所有者に対し、物件や周辺環境の条件をもとに、適切な家賃の予測や家賃改定の意思決定をサポート。借り手向けには、これまで数値化が難しいとされていた「間取り」の好みを学習してユーザーに最適な物件を提案するシステムを開発しました。
さらに、住環境の諸条件が本当に家賃を左右するに値する要素なのかを調べるために、IoTセンサーを自作して、測定や分析も行っています。魅力工学の観点を取り入れることで、これまで「住み心地」というあいまいな言葉で表現されていた定性的な感覚を、定量的な情報をして扱うことができるようにしたんです。
欲しいものを作る。誰かがやらねばならないことをする

――研究内容やビジネスの実績を伺う限り、山崎先生の研究は社会的な価値と結びつきが強い印象を受けます。研究テーマの設定の基準などはあるのでしょうか?
基準は2つあります。まず、「自分が欲しいもの」を作ること。不動産システムも、海外に住みながら日本の物件を探していた自分自身の経験が開発のきっかけでした。こんな状態が実現すればハッピーだし、「自分だったらこんなものが欲しいな」と思って始めたんです。幸いにも潜在的な需要があり、企業との共同研究や企業へのライセンス提供に発展したテーマもいくつか出ています。
2つ目は、「お金にならなくても誰かがやらないといけないこと」をすることです。現代の日本では、これからの時代を担う人々に十分な支援がなされていないと感じる場面が多々あります。非常に残念に思いますし、このままでは国は衰退していくのではないかと危惧しています。
誰かがやらなければならないテーマなのであれば、自分がやりたいと思ったんです。そこで、婚活や妊活、子育てに関する研究をライフワークにしています。婚活サービスを展開する株式会社IBJやマッチングアプリ「Pairs」を展開する株式会社エウレカともプロジェクトを始めています。
また、妊活をサポートするスタートアップ企業と共同研究したこともありますし、子育てに関しては東京大学 発達保育実践政策学センター(Cedep)と共同で取り組みを行っています。
――研究とビジネスを行き来するなかで、事業を成功に導く秘訣はありますか?
大切なのは、相互理解を図ることです。研究は大成功する可能性も、大失敗に終わる可能性もある。また、短期的に成果が出るものではなく、最低でも1年以上は研究の時間が必要です。
一方で、企業は確実に利益を出さなくてはならないし、求められる時間感覚や価値観もアカデミアとは異なります。これらの要望に対して、こちらも理解をする必要がある。
不確実で見通しを立てづらい共同研究に対して、どこまで共にリスクを負えるか。そして、相手が何を求め、どのような価値観のもと動いているのか。そうした認識を共有し、両者が納得した上で共同研究を進めていくべきだと思います。
――山崎先生のように、業界内で複数の企業と共同研究をする場合、競合している企業と関わる場面もあるかと思います。そのような場合は、何を心がけていますか?
もちろんそのようなケースもありますが、共同研究にあたって私は2つのポリシーを守っています。
まず、同分野で提携する先のテーマは被せないこと。既存の共同研究先の同業他社と新たに研究するときは、新規共同研究の趣旨をご説明して承諾をいただいてから始めます。次に、データを相互利用しないこと。ある企業が集めたデータを他社の問題解決のために無断で用いるようなことはしません。複数社と共同研究をする以上、こうした信用を裏切らないことも非常に重要です。
「どう役立つか」をイメージさせるーー手段として魅せる魅力工学

――魅力工学は、一見キャッチーな印象を受けます。「世間受けを狙った研究では?」という印象を持つ人もいるのではと思いますがいかがでしょうか。
表面だけを見れば俗っぽいと思われるかもしれませんが、新たな問題解決にチャレンジするためには必ず学術的にも本質的な課題が潜んでいます。決して通俗的なことをやっているわけではなく、常に社会にとって新たな価値を生み出すことに挑戦しています。
――それを伝えるために、具体的に取り組んでいることはありますか?
技術を社会実装するためには、それが社会でどのように役に立つのかを具体的にイメージしてもらうことが欠かせません。
そのため私たちは、基本技術の開発に加えて、「これをこう使うとこんなことができる」という提案をし、場合によってはデモシステムまで作ります。実際に動くものを作って具体的なイメージを伝えることで、産業におけるその研究の意義を理解してもらえるようになりました。

――最後に、研究に打ち込む学生にメッセージをお願いします。
大学で学んだ専門分野で必ずしも仕事ができると思わないでください。研究分野と産業との相性は間違いなくあります。それらを見落として「自分はこの分野の研究しかしたくない」という考えは、視野を狭めてしまいます。研究で身につけた能力というのは単にその専門分野の知識だけでなく、問題を発見・解決する力や、その価値を人に伝える力など、たくさんあるはずです。ぜひそれを生かして他分野でも大いに活躍いただきたい。
私自身、学生時代はアナログVSLIの勉強しかしてこなかったので、助教時代に初めてAIの分野に飛び込んだときは、本当に右も左も分かりませんでした。しかし、学生時代に身につけた問題発見の視点や課題解決思考力、そしてプレゼンスキルがあったからこそ、今こうして生き延びているのだと思います。
本当に研究者として生き延びたいのであれば「必要な実力はすべて身につけて、どんな分野でもやっていく」くらいのスタンスで、道を突き進んでください。強気とやる気と柔軟性。それこそが、研究者に求められる素養だと思っています。
編集後記
技術力や先進性の追求だけでなく、「どれだけ価値を伝えられるか」「どうしたら役に立てるか」という視点でキャリアを語ってくれた山崎氏。「魅力工学」は、まさにその思いを象徴した言葉だろう。アカデミアにも、こうした歩み寄りの姿勢を尊重する研究者が増えることを願う。