今、学んでいる「あなた」はどこでも通用する――電通・クリエーティブディレクターが語る学生時代に研究をする「意味」とは

インタビュー

LabBase Media 編集部

今、学んでいる「あなた」はどこでも通用する――電通・クリエーティブディレクターが語る学生時代に研究をする「意味」とは

研究するということは、「選択肢を狭める事でなく、むしろ、社会で戦う武器になる」ということを証明したい。大学の研究室を出てビジネスの最前線で戦っている方に、現役の理系学生がとことんインタビューするこの企画。 第2回の今回は、大学院で爆薬の研究をしていたはずが、なぜか電通に入社。クリエーティブディレクター、CMプランナーとして活躍し、数々の賞を受賞している、山本友和氏を取材した。「爆薬」を研究する中で見つけた、山本氏の今を作る、研究したから得られた考え方とは。

「広告の仕事」をやりたかったから学生時代「広告の勉強」はやらなかった



――早速ですが、現在どのようなお仕事をされているか教えてください。

電通でクリエーティブディレクターやCMプランナーとして、テレビCMやデジタルのコミュニケーションを企画しています。例えば、ダイハツ「WAKE兄弟」、午後の紅茶「あいたいって、あたためたいだ。」、日本生命「父は、何があってもキミの父です。」などです。

――めちゃくちゃ見たことあります.....!  昔から映像を作ることに興味があったのですか?

そうですね。映画をはじめ映像作品が学生時代から好きでした。通っていた熊本大学の近くには「Denkikan」という単館系の映画館があって、そこでよく映画を見ていました。実は、電通じゃなくても、映像をつくったりできればいいなと思っていたんですよね。

思い返してみると、学生時代は映画館に入り浸る以外にもサークルの仲間と遊んでばかりだったり、バイトばかりしていたり……研究室に入るまで、ずいぶんフラフラしてましたね(笑)。

――では、なぜ大学4年生の時「やりたい道」ではなく、大学院で研究をする道を選んだのですか?

専攻は機械システム工学科だったんですけど、映像やデザインなどの業界に就職した先輩がいなかったこともあり、「このままで本当に希望している仕事に就けるんだろうか?」という不安があったんです。実は大学をやめて他の道に進むことも考えたくらいです。

でも大学2年生のとき、たまたまフリーのコピーライターの方と話をする機会があって、僕が広告や映像関連の仕事に就きたいと言ったところ、「そういうことは学生時代には勉強せず、その時しかできないことに没頭するべき」というアドバイスをもらいました。


――えっ、将来就きたい仕事の勉強をするなと言われたのですか!

そうですね(笑)。今思えば、僕が大学の頃広告業界に行きたくて、広告の勉強ばっかりしていたとしても、面接官は広告のプロですから、彼らの前でいくら広告の話を言っても勝てるわけないですよね。広告の勉強は、会社に入ってから嫌でもできます。学生時代は、その時しかできない経験をしたほうがいい。もし、今僕も同じようにアドバイスを求められたら、同じこと言うと思います。


――「その時しかできない事」が研究だったのですね。


じゃあちゃんと研究をしようと思いました。意外と真面目ですね。そして、どうせやるんだったら1年じゃ足りないので院に行きました。


研究テーマ選びでは、特に誰もやってなさそうな「爆薬」を研究することにしたんです。機械工学科というと、ロボット工学や流体力学は研究内容がイメージしやすいですが、爆薬ってなかなか想像できませんよね。あと、爆破実験ができる設備があるのは熊本大学だけだったので、貴重な経験ができるだろうと思いました。


今も、実験のように企画を考えている


――確かに、爆薬の研究って理系学生の僕でも全然想像がつかないです(笑)。具体的に、どのような研究をしていたのですか?

炭素から、トマト、パスタ、木材……いろんなものを爆破していました(笑)


特に覚えてるのが、「木材」爆発させたときですね。爆発させて、確認してみたら、目視では変化がなかったんですよ。特に期待せず放置していたら、通常よりかなり早く乾燥していて。「お、これはなんかあるぞ」って調べたら、衝撃波で導管は無傷なのに弁だけ壊れて、水分が蒸発しやすい構造になっていたんです。逆に、液体を吸収しやすいのではと仮説を立てて、水ガラスを混ぜた溶剤注入して、難燃性の木材を開発しました。そこから、企業と一緒に研究する動きも生まれましたね。


仮説がはまることって多くはないんですけど、この時はどんどん仮説がはまって、遊び半分でやったことがゴロゴロ大きくなっていったんです。それが楽しくて記憶に残ってますね。


この話を面接でして、この会社に通りました(笑)。

――その研究をしたことが、就活以外で「今に生きてるな」と思う事はありますか?

そうですね、理系ならではといえば「n値を増やすこと(数を出すこと)」は今でも仕事の中で意識してやります。企画を出すときもこの考え方で、とにかく多くのパターンを考えています。

また、もう一つ、研究してると個体次第では「1週間で50個のデータを取る」のと「3時間で50個のデータを取る」のって精度が変わるじゃないですか。企画も同じで、できるだけ集中して、可能な限り均等なn値の中で選ぼうと考えています。

――す……すごい、考え方が完全に、実験ですね(笑)。


なんとなく理系の実験をやっていたおかげですかね。「アイデア」を鮮度という観点から考えると、1週間後の自分と今日の自分は違うんですよね。今日の自分の中で量を出して、ベストのものを選んで、というやり方は実験と近い気がします。大量のトライ・アンド・エラーを繰り返して答えにたどり着く感じです。


実験を繰り返していると自然に身につく方法論」が仕事にも活用できているイメージです。会社には理系出身者が多くいるのですが、話をしていると、みんな同じ考え方をしている気がしますね。


学生時代なんてそんなスマートにいかない



――他にも研究が「今に生きている」と感じることはありますか?


あとは、この「爆薬」をそのまんま企画に使ったこともありました。カゴメさんの広告で、高性能爆薬で作る野菜ジュースっていうwebムービーを作ったことがあります。


――えっ! 爆薬をそのまま生かせたこともあったとは驚きです。


実は、新卒で入社してから7年間営業をやっていて、8年目にやっと念願のクリエーティブ職に異動できたんですよ。ただ、クリエーティブ職を8年間やっている人たちには勝てないと感じたので、自分にしかできない企画をやろうと思ったのが、この高性能爆薬を使った企画でした。出身の大学に頼み込んで、施設の使用許可をもらって、カゴメさんに提案したら通ったんです。


当時は、異動したばかりで仕事もなく時間がたくさんあったので、1カ月ぐらい大学に通って、どの距離で爆発したら表皮が破れないで中身がジュースになるトマトができるかっていう実験をずっとやっていました(笑)。


――そんな形で研究が生きることもあるんですね(笑)。


ただ、僕が直線的に話しているから一つ一つが今につながっているように聞こえてしまうと少し語弊があって、もちろん失敗もいっぱいしているし、うまく行かないこともあるし、すごい怒られることもありました。研究はちゃんとやっていたと自分では思うんですけど、ときにおろそかになって叱られたこともありましたし、だから本当は当時は結構ジタバタしていました。必要なことだけ選んで効率的にやっていたように聞こえるかもしれないですけど、本当はかなり泥くさくやっていたと思います。


――そうなんですね……こういう話を聞くとついつい、学生時代にやってたことが全部今に生きているように感じてしまいます。


そんなにスマートに行かないと思いますよ、特に学生時代は。逆にスマートにうまくやろうと思うと、成功できる範囲でやろうと思ってしまう。ジタバタしながら、怒られるかもしれないけどちょっと踏み込んだ相談をしてみるとかのほうが、得られるものが多いと思います。


特に僕の仕事なんて、その時の人の気持ちみたいなもの、どういう思いだったか、とかいうことを追体験しながら広告を作ることが大切だから、いろんな感情を経験して吸収したほうがいいと思います。友達とけんかしたり、恋愛したり、親とけんかしたりとか。


就職の選択肢の狭さに違和感を感じた


――大学院時代の研究はすごくうまくいっていたように感じるのですが、そのまま研究に進もうと思うことはなかったのですか?

一生やろうとは思わなかったですね。やっぱり夢は夢として、別にあったので。

――周りの同期などは、研究職に就く人が多いのではないですか?


そうですね。僕の大学では理系の人はほとんどが推薦で就職していましたね。成績順に順番をつけられて、その順番で推薦をとっていくんですよ。だから成績上位の人はトヨタさんとか人気企業にいけたんです。その代わり推薦を受けるんだったら自分で就職活動はできないという決まりもあって。それを聞いて、そんなつまらないことはないなぁって思って、僕は「推薦いりません、自分でやります」って言いました。

推薦なしで自力で就職活動をしたのは僕くらいだったんじゃないですかね。それに関しては、すごく変だなって思いました。


――なぜ、山本さんはそれを「変だ」と感じたのでしょうか。

熊本って面白くて、大学とオフィス街と繁華街が近いんですよ。繁華街で結構バイトしていたのもあって、社会人と仲が良かったんです。だから学生同士と遊ぶというよりは働いている人と遊ぶことが多くて、たまたま研究室以外に、社会人といるコミュニティーが僕にはあったんですね。


それのおかげで学校という場を同期の人たちとは違った目線で見ていたんじゃないかなと思います。もちろん、研究室って楽しいし、同じくらいの学年がいて、同じような価値観で居心地はよくて、そこでずっとやっていけるにはやっていけるけど。でも、一歩ひいてみたときに、狭い選択肢や狭いコミュニティーで、将来を決定しようとしているように見えたんです。そして、周りがそこに何も疑問を抱いていないことがすごく変に感じました。

――複数のコミュニティーに属していたのがきっかけで、違和感を感じたのですね。

そう思うと、自分はいろんなコミュニティーやつながりの中で、ずっと模索していたのかもしれないですね、将来について。


ただ、推薦で就活しているのが良くないと言っているわけではなくて、たまたま僕はやりたいことがあって、今それができているから良かったなと思っています。推薦も、それはそれで、やりたい事をやれているかもしれないし、学んだことをストレートに生かしているので、すごく楽しい選択だと思います。


研究で鍛えた「考え続ける筋力」はどこでも役に立つ



――研究室を出た先輩として、これから就活をする人にアドバイスをお願いします。


自信を持って、ということですかね。必ずしも自分が学んでいる研究分野の先にベストな就職先があるわけではないです。しかし、360度どこへ行っても今あなたが一生懸命考えている、学んでいる経験は役に立ちます。それは、ダイレクトに役に立つ、ということではないかもしれないですけど、備わった「考えてきた筋力」がすごく役に立ちます。挑む姿勢とか、集中力とか。


また、最近即戦力を求めるってよく聞くと思うんですけど、僕らは、即戦力よりも原石を求めている気がします。ただその原石というのは目の前のことを真剣にやっていれば、その人の中に内在しているはずなので、理系だからって理系に行かなくても、自分のやりたいことをやれば良いと僕は思います。

――最後に、これから社会に出る学生に一言をお願いします。

社会に出ても、はじめのうちはうまく行かないことのほうが多いです。学生の頃のスキルで通用することなんてそんなにないと思うんですけど、だからといって臆病になることはないし、失敗しても許してもらえる環境ではあるので。むしろそれを良しとして行ったほうが良い気はします。どっちにしろ、一番下っ端ということは、許してくれる環境ではあるので。それはそれで幸せなことです。


繰り返しになりますが、今学んでいることはどこでも通用すると思ったほうがいいと思います。一生懸命学んでいる「あなた」が。


学んでいる技術とか知識とかに価値があるのではなくて、学ぶという過程をきっちり歩んでいるあなた自身に価値があるということです。


インタビュー後記


山本氏は研究室での研究を全力で取り組み楽しんだうえで、自分の軸をブラさず次の選択をしていた。そして、研究が今に生きているポイントは、「知識やスキルではなくひたむきに研究したという経験そのもの」であった。


研究の中でどんな成果が出るか分からないが、この研究で悩み考えもがくこと自体に「意味」があるのだろう。読者と同じくこれから研究、就職をする1人の学生として、学生時代の研究に誇りをもって、これからの将来を考えていきたいと思う。



ライター
守友 暁寛
カメラマン
森屋 元気
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