数学が好きだからこそ論理を追求する法律は面白い

――現在は弁護士としてどんな業務をされているのですか?
弁護士というと、ドラマで見るような裁判所へ行って裁判をする業務を想像する人が多いかもしれませんが、弊所のような「四大法律事務所」と呼ばれる法律事務所だとほとんど裁判所に行かない弁護士も珍しくありません。
弊所の主な依頼者は法人で、M&Aや知的財産に関する相談など、会社で起こるさまざまな困りごとに対して最上のリーガルサービスを提供しています。私の場合、特に科学や薬事が絡むような相談がきたときに案件チームに加わることが多いです。
――数学者になりたいと考えていた時期もあるそうですね。
子どものころから数学はパズルを解くような楽しさがあり大好きだったんです。「自分の好きなことでご飯を食べていけたら幸せ」だと思っていたこともあって、大学入学時には数学者になれたらいいな、とぼんやり希望を抱いていました。大学入学後も厳密に理論を組み立て、議論することで少しずつ数学の世界が広がっていくという面白さを感じましたね。
でも、同じクラスにすごく数学ができる3人がいて、国際数学オリンピックに出場したことがあるような人までいたんです。数学の試験を受けた後に、私が40分くらい悩んで解けなかった問題を「こうやって解いたらいいよ」と口頭で説明して解いてくれたことがあって。そのときに「この世界でご飯を食べていくのは難しいな」と感じて、違う道を探し始めました。
――東大に入学したからこその圧倒的な才能やセンスを目の当たりにする経験をしたわけですね。数学が生かせる職業は他にもたくさんありそうですが、なぜ弁護士を選んだのですか?
もともと弁護士に憧れもあったんです。小学生のときにテレビの影響で「弁護士になりたい」と言っていた時期もありましたし、何より数学と同じように「論理を追求する弁護士は面白そうだな」と思いました。
法律と理系との共通点はいろいろあるんです。例えば、化学では、いくつかの原理原則や基本的な反応を基に、反応経路や反応機構を考えていくことがありますよね。でも、紙の上では起こるはずの反応が、実際にはうまくいかないことも。
法律でも同じような頭の使い方をします。判例や法律の条文から実際の具体的な事案に対して、それをうまく当てはめていく。それだと不都合が起こる場合に「どういう観点で修正すればよいか」「どうすれば妥当な結論に至るのか」といったことを考える頭の使い方は、理系のそれとかなり似ていると思います。
科学技術を世の中に還元することを法律の面からサポート

――弁護士の仕事にどのようなやりがいや面白さを感じていますか?
一番やりがいを感じる瞬間は、依頼者から「ありがとうございます」と感謝してもらえたときですね。弁護士の仕事は新しい科学技術を直接生み出す仕事ではありませんが、依頼者が一生懸命開発した技術がビジネスになった際に、それを法律の面からサポートすることができます。
例えば、せっかく製品化できても法律の規制や先行特許があるばかりに世の中に出せないことがあります。頑張って開発した技術が埋もれていくのは悲しいですよね。そこを弁護士なら規制に抵触しない方法を考えて、ビジネスの後押しをすることができる。科学技術を世の中に還元しているような理系を志したときの根底にある喜び、社会貢献をしていると感じるところにもやりがいを感じています。
そして何より、知的好奇心がくすぐられる楽しい仕事です。依頼者がしてくれた技術の説明に対して質疑応答ができるだけではなく、その知識をベースに自分の考えを法律にのっとって表現するところが非常にクリエーティブで面白い仕事だと感じています。
――業務の中で理系の知識が生かされるのはどんな分野ですか?
特に法律の中でも薬機法・特許・景品表示法は理系の知識が生かされるところだと感じています。依頼者の話を聞く中でも製品の根底にはもちろん技術があるので、「うちの製品はこういう特徴があります」と説明してくれたときに、前提知識として化合物の基礎知識があったり生物学の基礎知識があれば、その内容を深く理解できたりすることは強みです。そこから疑問点や法律的に問題になりそうなところを考えて、依頼者により突っ込んで質問することができます。
とりわけ化学・生物学・統計学は知識を生かしやすい分野ですね。他にも機械工学や電子情報学の知識は電気通信や知的財産の分野で活用しやすいでしょう。いずれにせよ、理系の基礎知識が生かせる分野は需要があると感じています。システム開発やAI関係の法律問題は最近かなり裾野が広がってきている分野でもあります。実際の中身を知っている理系出身のバックグラウンドは強みになるはずです。
「大好きな数学に触れ続けたい」。統計学の知識は強み

――弁護士業務の中で統計学はどのようなところで使われているのですか?
例を挙げると、景品表示法では「商品の表示は合理的な根拠に基づかないといけない」と定められているため、その根拠を示せるデータを裁判所に提示して主張をするときに統計学が役立ちます。「こういう反論が可能ではないか」と提案できたり、追加でアンケート調査をするときに「このくらいのサンプルサイズがあれば信頼できる結果が得られる」と議論できたりします。
統計学を理解していないと、データがあったとしても「80%の人が〇〇になっています」といった曖昧な主張しかできません。統計の知識があることで「この人数で80%の人が〇〇になっているということは統計学的に5%有意です」などと根拠を持って説明することができます。数理的な側面からもサポートすることで、裁判官に対してより説得力のある文章が書けるのは強みになりますね。
――統計検定1級(医薬生物学)を取得されたそうですね。どんなきっかけがあったのでしょうか?
統計検定を取得した理由は2つあります。1つ目は「どこかで数学に触れていたい」という気持ちがあったこと。2つ目は「依頼者から相談を受ける中で統計が問題となることが多く、話の理解やディスカッションがスムーズになり、より良いアドバイスができる」と思ったこと。統計検定の受験者の多くは医者やメーカーでデータを扱う人なので、技術開発に取り組んでいる依頼者と話をするときに最低限必要な素養だと思って受験しました。実際に知識として役立っています。
弊所は忙しい事務所だと言われることが多いのですが、試験前に1週間ほど休みをもらって短期集中で勉強しました。けっこう頑張って勉強して、合格できたことはもちろん「最優秀成績賞」をもらうことができたのもうれしかったです。
理系×法律の1.2足のわらじが弁護士として強みになる

――徳備さんは、ご自身のことを「1.2足のわらじを履いている」とおっしゃっていると伺っています。それはどういう意味でしょうか?
大学時代、研究室の先生が「二足のわらじは難しいけど、1.5足のわらじくらいなら、実現できるし需要がある」とおっしゃっていたことをベースに生まれた言葉です。
その先生は医薬経済学の専門家なのですが、統計学の知識も持っていたため「統計学の基礎知識を持つ医薬経済学の専門家」というふうに「1.5足のわらじを履いている」とお話しになっていました。統計学の専門家ではないけど、専門分野があった上で別のこともかなり分かっている人材は貴重な存在。まさに今、弁護士として働いている中でもそのことを強く感じています。
もちろん私は統計学や化学の専門家ではありませんが、基礎知識として持っている弁護士は少数派です。だから「1.2足のわらじくらいは履いているのではないか」と思っています(笑)。たった0.2足分だと思うかもしれませんが、法的問題と関連するとかなり重宝してもらえるし、科学的知見がちょっとある弁護士は強みになります。依頼者にもより良いサービスが提供できる分野ではないかと思っています。
――これからどのような弁護士になっていきたいと考えていますか?
依頼者に選んでいただいたり、喜んでもらえたりするような弁護士になりたいと常々思っています。弁護士は基本的に依頼者のご依頼を受けて、それに基づいたサービスを提供するという仕組み上、難しい職業だとも感じています。得意分野である理系のバックグラウンドを生かして依頼者に喜んでもらえる仕事をしていきたいですね。
――最後に学生へのメッセージをお願いします。
弁護士にフォーカスすると、特に理系の人が輝ける分野です。むしろ「文系より理系のほうが適性がある」と感じることもあるくらいです。司法試験を受験するには、私のように司法試験予備試験に合格する以外にも法科大学院を修了する方法もあります。法学未修者のコースもあるので、制度としても理系の人が受けやすいといえます。
今進路に悩んでいる人は、まず自分がいる環境で最大限の努力をすることをおすすめします。そして、学生時代にしかできないことに取り組んでみてください。特に専門家のもとで勉強ができることは学生ならではの経験です。研究室に配属されているのであれば、ぜひ目の前の研究や勉強を大切にしてほしいと思います。
編集後記
数学と法律の話をイキイキと話す徳備さんから、1.2足のわらじを履いているからこその強みを感じた。科学技術を社会に還元することに携わっているのは研究職や技術職だけではない。今回の取材から理系出身者の活躍の幅の広さを知ることができた。