世界初のプロダクトはいかにして生み出されるか――排泄予測デバイス「DFree」が変える介護現場
インタビュー
2018.11.27
LabBase Media 編集部
世界的にも珍しい、排泄予測デバイス「DFree」を企画・開発・販売しているトリプル・ダブリュー・ジャパン株式会社。日本はもちろん、アメリカ、フランスなど世界各地の高齢者介護の現場でサービスを提供している。また、2018年夏からは個人向け販売も開始。「生体の全てを予測し、不測の不幸をなくす」社会の実現を目指す注目のヘルスケアスタートアップだ。 根拠となる技術や論文のない中、世界初の製品をリリースする――そこにはいかなる試行錯誤があったのか。開発秘話や今後の展望、製品を支えるエンジニアの熱き想いや志向について語ってもらった。
小林 正典
トリプル・ダブリュー・ジャパン
排泄予測デバイス「DFree」のスタートは、創業者の実体験から
――まず「DFree」が開発されたきっかけや製品のしくみについて、簡単に教えていただけますか?
弊社の創業者である中西がアメリカ留学中だった29歳のときに、不注意から路上で便を漏らしてしまったんですね。そのときの「排泄を事前に予測できれば防げたのではないか」というアイディアが、起業とDFree開発のきっかけになりました。
DFreeは利用者の下腹部に装着し、超音波センサーで尿の溜まり具合などの生体データを取得し、Wi-FiやBluetoothを介してアプリに排尿のタイミングを発信しています。人間の体の中を見る方法はCTやMRI、レントゲンなどさまざまですが、その中でも最も安全で、技術的に小型化のハードルが低い超音波を採用しています。
現在、提供しているサービスは「排泄予測」と「自立支援」の2つです。「排泄予測」は、排泄のタイミングをiPadなどのiOS端末で通知し、トイレに行くタイミングやおむつを交換する時間をお知らせします。「自立支援」は、利用者の排泄傾向やタイミングのデータをパソコンで閲覧できるようにして、排泄ケアの時間帯や回数を分析するツールとして活用してもらっています。
――排泄予測システムはこれまでにない画期的なものですが、どのように開発を進めていったのでしょうか?
創業当時から弊社に在籍しているエンジニアで、オリンパスで内視鏡の研究開発をしていた人間などが中心となって開発しました。元から超音波や排尿のメカニズムについて知見があったわけではありません。
そのため、超音波の研究をされている大学教授や、日本で初めて超音波の医療機器を作った企業のエンジニア、大腸肛門科や泌尿器科の医師にアドバイスをいただいて、開発に活かしていましたね。
――ユーザーは介護施設が多いと聞きます。最初から介護施設をターゲットにしていたのですか?
介護施設がターゲットになることは予測していましたが、元々は障害のある方も含め、幅広いユーザーをイメージしていました。
しかし、2015年の4月〜7月にクラウドファンディングを実施した際、一番反響が大きく支援額も集まったのが、介護施設の方々からでした。そのニーズの大きさを改めて実感しましたね。その後、東京や千葉、神奈川の介護施設で実証実験をおこなっています。
――介護施設での実証実験では、どのような手応えを感じましたか?
「排泄は人間の尊厳に関係する」ということを実感しましたね。現場を見て、「自分でトイレに行かなくなる、行けなくなる」ということは、自分らしく生きることや自己尊厳と密接に関連していると感じました。
失禁がある高齢者は、そうではない人と比較して転倒するリスクがおよそ3倍。また、深夜徘徊の理由の約7割は「トイレに行きたいから」だそうです。徘徊で転倒して骨折し、寝たきりになってしまい排泄がさらに不自由になってしまうケースもあります。さらに、毎日失禁をする人は死亡リスクが他の人の4倍ほど高く、要介護度の向上と死亡率は因果関係があるというレポートもあります。
このように、自力で排泄をコントロールできるということは、尊厳と命の両方に直結する問題でもあるのです。
――DFreeは現場にどのような形で貢献できると感じますか?
介護現場の単なる効率化だけでなく、利用者の自立支援に最適なツールであると思います。
介護の3大業務は、食事・入浴・排泄。食事と入浴は介護する側でスケジュールを決めやすいのですが、排泄に関してはタイミングがわからないため、介護する側としても精神的負担が大きくなります。
海外で「介護」という概念がある国は欧州やアジア十数カ国ですが、いまだに日本ほど介護される側の尊厳が尊重されていません。先進国の介護施設ですら「おむつを取り替えやすいから」という理由で女性がボトムスを履いていないこともありますし、利用者の身体拘束を日常的におこなっている国さえあります。
これに対し、日本では「介護=自立を支援する」という理念があるため、おむつは最終手段という考えが根付いています。DFreeで排泄を予測することで、利用者が自分からトイレに行く回数を少しずつ増やせるかもしれません。利用者の自立度とQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を向上させることが、DFreeの役目だと考えています。
「DFree」の今後の展望――課題は老老介護でも利用できるデバイス改善
――「DFree」の実証実験をしている中で、課題に感じている部分はありますか?
介護施設には、そもそも居室にWi-Fiすらないところも多く、クラウドと連携するDFree本体を導入するだけでは使用できません。
いまだにアナログ文化が根強く、PHSやナースコールを日常的に使用している施設に対して、DFreeを使うためだけにWi-FiやiPad、1人あたり1台のiPhoneなどの導入を求めるのは酷ですよね。介護ロボットや介護向けソフトウェアなど、他の製品とDFreeを組み合わせて提供し、現場のICTリテラシーを向上させていきたいと考えています。
また、個人向け製品を2018年7月にリリースしたのですが、在宅介護者の利用率は全体の3割程度。在宅介護の約半数は「老老介護」で、70歳〜80歳の方々がスマートデバイスを使いこなすのが難しく、まだあまり普及が進んでいません。今後はシニア向けスマートフォンとの連携や電子機器が苦手でも簡単に扱える通知専用のデバイスを作るなどして改善していきたいですね。
――ユーザーからカスタマーサポートに寄せられる意見で、製品に反映させていきたいことはありますか?
製品をより装着しやすくする予定です。現在は超音波用ジェルを塗ってメディカル用テープで固定しているのですが、もっと簡単に装着できる素材の開発が必要だと思っています。
また、排尿予測だけでなく「排便予測システム」も現在開発を進めています。最近開催された国際福祉機器展でプロトタイプのお披露目とサービスコンセプトは発表したので、来年から実証実験をおこない、事業化の目処を立てる予定です。
――「DFree」の今後の展開について、ぜひ教えてください。
前述の装着に加えて、プロダクトのアルゴリズムを改善し、測定精度を高めることと、現在個人向け製品は1台5万円と高価なので、より安価での提供を目指したいですね。
また、介護以外にもユーザーニースはあるはず。今の製品の対象年齢は約7歳からですが、センサー位置を調整するなどして6歳以下のお子さんにも使用できるように改善できたら、おむつ外しの時期に役立つでしょう。将来的には、お漏らしをしてしまう子や、夜尿症の患者さんにも利用してもらえるサービスを提供したいと思います。
エンジニアのモチベーションは「このサービスを広めていくこと」
――現在の開発体制について教えてください。エンジニアは何名ほど、どのようなバックボーンの方が在籍されていますか?
弊社全体では、正社員・業務委託・派遣を合わせて50人ほど在籍しています。そのうち開発に携わるエンジニアは25人程度です。
他のスタートアップやIT企業とは違い、弊社にはソフトウェアエンジニアだけでなく、ハードウェアやR&Dのエンジニアも多数在籍しています。バイタルデータの基礎研究やデータ解析、アルゴリズム開発もすべて自社でおこなっており、大手企業でキャリアを積んでから転職してくる社員も多いです。
基本的には中途採用の社員が多く、全体の平均年齢は39歳前後です。ハードウェア部門の平均年齢は40歳を超えていて、最年長では67歳のエンジニアもいます。しかし必ずしもベテランばかりかというとそうではなく、新卒や学生のインターンも数人在籍しています。良い出会いがあれば、年齢は関係なく採用したいですね。
――大手企業から転職される方は、どのようなモチベーションで入社されるのでしょうか?
「DFreeのサービスや、この事業を世の中に広めていきたい」という熱い想いですね。特に大手企業から転職してきたエンジニアほどその傾向が強くあります。
というのも、大手で長く経験を積み一定のレベルに達したエンジニアは、その先のキャリアを悩むことが多い。そのままそこで一生を過ごすか、社会的意義の大きいものを作るか――。うちの会社に来てくれる人の多くはそこで後者を選んだ人。なので、みんな製品にかける想いが人一倍強いんです。
――新卒や第二新卒で御社を志す人もいると思います。御社にこれからぜひコミットしてほしいと考える人材像を教えてください。
「粘り強く仕事を続けられる人」ですね。排尿予測はまったく新しい技術であるがゆえに、根拠となる論文もない状態で、実験を繰り返して仮説を検証しながらデバイス作りをしています。正直なところ、かなり地道で長期的な作業なんですよ。時間はかかるし、失敗も多い。そういった壁を受け入れながらやっていける人は、向いていると思います。
また中途が多いスタートアップゆえに、体系立てられた研修や教育体制があるわけではないので、学生時代から趣味でプログラミングをしていたような、好奇心から自発的に学んで開発を進められる人だといいですね。
スキル的な側面でいうと、エンジニアとしての就業経験がある方はもちろん、修士課程や博士課程で分析のためにPythonでコードを書いていた人は、研究開発で即戦力になりえます。新卒から研究開発を担えるスタートアップはそこまで多くないので、スタートアップとR&Dの両方を経験したい人には良い環境と言えるでしょう。
高齢化がますます加速していく未来において、弊社のデバイスは介護現場の単なる効率化だけでなく、人間の尊厳に対する意識を変えるポテンシャルを秘めていると感じます。「自分が創ったものが人に使われ、それが世界を一歩進めている」と実感できる、とても刺激的な仕事だと思います。そこに想いを賭けてみたい方は、ぜひ一度弊社に遊びに来てみてください。
編集後記
小林氏の話を聞きながら、まだこの世にないデバイスを生み出すということは、長く暗い道のりを地道に歩み続けるような体験だと感じた。その終着点には、排泄の課題に苦しむ多くのユーザーが待っている。「人の尊厳を守りたい」という想いが、エンジニアの歩みを加速させているのだろう。自身の技術や知見を活かして画期的な製品・サービスを創りたい人、社会を変えていきたいという強い想いを秘めた人に、ぜひとも勧めたい企業だ。
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