アイドル&販売員―「当たって砕けろ」の精神と、逆算思考
――かなきゃんさんの経歴って、とてもユニークですよね。SmartHR入社前までは、アイドルと携帯電話会社の販売員を兼務していたとか。
アイドルも販売員も、小さい頃からの夢だったんです。2歳の頃から「モーニング娘。」の曲を歌ったり踊ったりするのが好きで、高校時代にはハロプロのオーディションも受けました。順調に審査が進む中、父に反対され、断念。
それでも諦めきれなくて「ハロプロの人に見つけてもらえればアイドルになれるかも?」と思い、ニコニコ動画に「踊ってみた」動画を投稿したり、ハロプロのダンス大会に出てみたり。
そうしているうちに、ハロプロのボイストレーニングも担当されている方にスカウトされアイドルデビューできました。私の今なお続く「当たって砕けろ」精神ってここで身についたと思っています(笑)。さまざまな活動をした結果、ハロプロファンの方にもたくさん応援していただけて幸せでした。
――一旦は挫折しかけても、そこから自力で巻き返して本当にアイドルになったところがパワフルですよね。
高校2年生のときに夢だったアイドルへの道が断たれ、後悔した経験が大きく影響しているのかもしれません。「アイドルになるための活動をもっと早くしておけば良かった」って。それからは、恥ずかしくても難しそうでも、まずはやってみるように心がけてきました。
そこから大事にしているのが、夢や目標の実現のために何が必要かを逆算して落とし込むということ。大きな夢でも、逆算したら実は意外と小さな階段の積み重ねかもしれません。夢へのステップを「今日、何をしたら良いか」まで落とし込むと、今すぐ起こすべきアクションが見えてくると思います。
――販売員の仕事でも、全国3,000人の販売員の中から2年連続売り上げ1位という、素晴らしい成果を残されています。何か大切にしていたマインドはありますか?
私、実はすごく負けず嫌いなんです。タブレット端末を売るなかで、お客さまに「自分はスマホも使いこなせないから、タブレットなんて要らない」って言われたことがあって、それがすごく悔しかったんですよね。売れないこと以上に、自分が「いい!」って感じた商品の魅力をうまく紹介できなかったことが。
それからは、「要らない」と言う人はなぜタブレットを必要としないのか? どうしたらその人にタブレットの良さを知ってもらえるのか? と考えながら売るようになりました。自分の「いい」を押し付けるのでなく、相手の背景を踏まえて提案するということですね。そうしたら、「あなたの薦めてくれたアプリ、良かったわよ」とわざわざ報告に来てくださる方もいらっしゃるようになって。負けず嫌いが功を奏してうれしかったですね。
人生は有限だから、「私だけの価値」を生める仕事をしてみたい
――アイドルと販売員、両方とも充実していたように思いますが、なぜそれらの道を断ったのでしょうか?
アイドル活動は個人的に掲げていた目標を達成でき、違う分野で挑戦してみたい気持ちが大きくなったので、活動に一区切りをつけました。しばらくは販売員を生活の基軸にしていましたが、「人生という限りある時間の中で、ただモノを売るだけでいいのだろうか?」「これは私じゃなくてもできる仕事なのかもしれない」と考えるようになりました。ちょうど販売員としても、目標だった2年連続1位となるなど、達成感も感じた頃でした。
誰かに決められた枠の中で渡された仕事をこなすよりも、自分が本当に楽しいと感じられることをしたい。その気持ちを原動力にして、新しいアイデアを形にしたり、今課題となっているものを解決したりしながら、「私だけの価値」を生みだしていきたいなって思ったんです。
――そこからエンジニアという仕事を選ぶまでに、どのような道のりがあったのですか?
アイドルとして活動している中で、アプリを通して海外から応援がきたり、販売員としてタブレットを販売する中で、そういうシステムを「作れるってすごい」という憧れが大きくなりました。作り手側になってみたいな、と。そんな中、「Progate」というプログラミングを基礎から学べるサービスを知って、興味本位で初めてみたらハマってしまって。プログラミングって、始める前まではバリバリの理系の方がすることっていうイメージがあったんですけど、やってみたらそれが完全に覆されました。純粋に作ることが本当に楽しくて。高校で理系科目を取ったことすらない私が、ですよ(笑)。
エンジニアという職業に対するイメージも変わりましたね。残業が多いブラックな職種というイメージでしたが、調べてみたら、ホワイトな企業も多いし、副業で活躍している人もいる。女性は結婚や出産などのライフイベントに左右されやすいので、エンジニアとしてのスキルを持っていれば、スキルを磨き続けることを前提に、不安なく生きていけそうだとも思いました。
――興味を持った物事に対する熱量の大きさと行動力は、アイドルや販売員のときと変わらないですね。
自分の好きなこと、やりたいことについて、「これ以上の最適解はない」と思えるまで突き詰めるのが好きなんです。これはコーディングを楽しいと思える根っこにもなっています。どうしたら一番いいコードが書けるかを試行錯誤して、リファクタリングするのも楽しいですね。
「自力で解決」から「チームの中でいかに活躍するか」への転換
――SmartHRに入社してから始まったエンジニアライフは、順調に進みましたか?
それが全然! SmartHRは、ほとんどが経験のある中途のメンバーばかり。「スキルのない自分は何も成果や価値が生み出せていない」と、最初の頃はものすごく焦りました。先輩が数十分で直せるコードに何日もかけちゃうこともあって。「ヤバイ、自分ダサい」という思いから、とにかくいろいろなことをがむしゃらに頑張りまくりました。
――「プログラミングYouTuberになる」っていうブログの記事を書いていたこともありましたよね。
はい。なかなかエンジニアとして成果を出せない焦りからか、「自分ならではの価値を出して貢献しなきゃ!」っていう気持ちがとにかく強くなっていて。目の前の乗り越えなければならない壁から目を背けていましたね。思い返すとちょっと恥ずかしいです(笑)。
迷走した結果、まずはスキルを身につけてサービスを開発し、多くの人に届くプロダクトを作ろう、というエンジニアとして最も大切な原点に立ち返りました。会社に入ってさまざまな人と話してみて、考え方が変わりましたね。
――華やかな経歴を持ちながら新しい環境で無力感を味わう日々を送るのは、精神的にかなりこたえることもあったかと思います。それはどのように乗り越えましたか?
特に大きな影響を与えてくれたのは、去年の秋頃に転職してきた直属の上司でした。それまでは、若手の未経験インターンだったからか、周りの先輩方からそこまで厳しく何かを言われた経験はなかったんです。
しかしその上司は「社会人として最低限これくらいはやらなきゃいけないよ」と、基本的な部分をしっかり指摘してくれて。「自分にしかできないこと」を追い求めるのは、「当たり前のこと」をできるようになってからだなって気づいたんです。
それからは、定期的に成長した部分や改善できるところをフィードバックしてもらっています。同じミスを繰り返さないだけでなく、一度指摘された点は、次の週にプラスアルファで改善するように心がけています。やっぱり負けず嫌いなので(笑)。
――問題を自力で解決するだけでなく、時として素直に人に頼れるかどうかも、仕事のスキルとして非常に大切ですよね。
上司だけでなく、CTOやチームのメンバーに支えられている実感はありますね。「悩んでいることをオープンにできるほうが良い」というアドバイスをCTOにもらってから、「実はこれに困っています」ということを自分から言い出せるようになりました。実際、そうやってヘルプを求めると皆すぐにサポートをしてくれます。Slackで質問したら80件以上アドバイスがきたくらい(笑)。
今まではなんでも自分でできるのがかっこいいと思って生きてきたけど、自分だけでできることにも限界はありますよね。だからこれからは、たとえスキルがついてきたとしても周囲が助けたくなっちゃう人になれたらと思います。「助けたくなっちゃう人」は強いですよね。「応援したい」という気持ちでファンがアイドルを支えるように、「助けたくなる人」は自然と人が集まってくる。できないことをさらけ出せるようになったことで、「自分が人をどう巻き込むか」ではなく、「皆に支えられながらいかに動ける人になれるか」という視点を得られたのは、大きな学びですね。
何かを目指すのではなく、「やりたいことに手を伸ばせる人」になりたい
――新たなスキルや視点を得た今、かなきゃんさんは今後どんなことにチャレンジしていきたいですか?
私は自分が良いと思ったものを他人に伝えるのが大好きなので、エンジニアという仕事の良さや面白さを発信していきたいです。その発信に説得力をもたせるために、エンジニアリングにおける総合的なスキルを磨く必要があると感じています。
――具体的な目標などはあるのでしょうか?
直近だとOSSにコントリビュートしたいなどスモールステップでの目標はたくさんあります。でも、将来に関しては「これになりたい」という一つの目標を持つよりも、自分の好きなことを続けていきたいという思いが強くありますね。発信もそうだし、困っている人の課題をテクノロジーで解決するのもそう。
少し言葉を変えると「どうにでもなれる人」になりたいのかもしれません。自分がやりたいと思ったことに素直に手を伸ばして楽しみ続けられる、そんな人生が私の理想です。
――女性にとってはライフイベントでキャリアが左右されやすい面もあります。仕事とご自身のライフプランの両立について、何を思いますか?
男性に依存せず、一人の人間として自信を持って楽しく毎日を過ごしたいですね。その上で素敵なパートナーがプラスされたら、人生はもっと輝くと思います。どんなライフイベントでも二人で楽しんで迎えられるよう、仕事のスキルを磨いて、経済的にも自立していたいと思います。
――ライフイベントを十分に楽しみながら、エンジニアとしても成長し続けることを重視されているんですね。
学び続けられる環境、勉強することが延々とあるこの業界って、とてもありがたいです。エンジニアリングが好きだから学ぶこと自体も楽しいですし、アップデートを重ねて常に成長し続けられる。そんな環境で好きなことを続けられるって、本当に幸せだと思います。
編集後記
ビジネスの世界でどう価値を生むかは十人十色。かなきゃんさんは自他の両方の視点から価値を生み出す方法を学んで実践し、何よりも心から楽しんでエンジニアライフを謳歌する。「言葉にするのはあまり得意じゃないんですけど」とはにかむ彼女は、まごうとなく仕事のプロフェッショナルだった。