現役ポスドクから見た博士課程進学の選択肢

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LabBase Media 編集部

現役ポスドクから見た博士課程進学の選択肢

理系学生の進路の一つである博士課程。しかしながら、その不透明な将来に躊躇してしまう学生が多いのも事実。現役「ポスドク」の視点から、博士への進学に悩む学生にアドバイスを送ります。

1 初めに


 こんにちは。博士号取得後、バイオ系の博士研究員(非正規雇用の研究者、いわゆるポスドク)として大学で研究をしている者です。ツイッターで研究室生活について話していたところ、LabBase編集部様から本記事を執筆する機会を頂きました。
理系の学生さんは多かれ少なかれ、実験や研究は面白いと感じていて、もし仮に博士号取得後に大学の研究者として安定した職に就けるならば、大学で働くのも悪くないと考えるのではないでしょうか。


 しかし、残念なことに現在の日本の大学での博士号所得後のキャリアについて明るい話を聞くことはほぼ皆無といっていいと思います(特にバイオ系では)。そんな中でも進学と就職の選択に揺れている(少なくとも進学の可能性を少しでも残している)学生さんの意思決定の判断材料になるような情報を、私の視点からお伝えできればと思います。


 本記事は、主にバイオ系(あるいはその他の産業との結びつきの弱い理論系の分野)の修士課程の学生さんあるいは修士課程への進学が決定している学部生の方に向けて執筆しています。産業との結びつきの強い分野(工学部あるいは理学部の中でも化学系など)では状況が異なると思いますので、その点ご承知おき頂ければと思います。

2 「博士が100人いる村」から10年以上経った今、状況は変化したのか?



 博士が100人いる村という創作童話をご存知でしょうか。博士号を取得した人たちの行く末を童話風に紹介したお話です。お話の中で出てくる数字は、平成10-12年度(1998-2000年)の文部科学省学校基本調査を根拠にして作られたものと考えられています。お話の後半では100人の博士のうち16人が無職になり、そして8人が自殺もしくは行方不明になるというショッキングな結末で終わります。


学校基本調査において不詳・死亡とされている割合から、これを「8人が自殺・もしくは行方不明になった」としているのだと思われます。しかし、不詳・死亡には調査不備により把握できていない者も含まれることから、物語のインパクトを高めるためにあえて誇張したものであることは注意するべきでしょう。
  
 それでは、現在の博士課程取得者の進路の実態はどうなっているのでしょうか?平成30年度の学校基本調査を見てましょう。平成30年度の博士課程修了者の内、正規の職に就けたものは54.6%、就職も進学もしていない者(つまり無職)は19%とあります。博士が100人いる村だとすると19人が無職ということになりますね。


 一方で、修士課程修了者の内、正規の職に就けたものは75.8%、就職も進学もしていない者は9.6%とあります。また、学部卒では、正規の職に就けたものは74.1%、就職も進学もしていない者は7.0%と修士卒と大きく変わりません。これらのデータから、現在も博士課程の学生の就職活動は修士課程や学部の学生に比べて厳しいものであることがわかります。
  


「博士が100人いる村」の根拠となっている年から10年以上経った現在も、博士課程進学者の就職状況は大きく変化していないといえるでしょう。
 


3「博士課程進学後の未来は不透明。」そう言われるキャリアを私が選んだ理由



 先に述べた博士課程進学者の就職状況の悪さというのは私が学部生の時からよく言われていました。そんな状況でも私が博士課程に進学した理由は以下の3点です。



  1.  博士号取得後に企業に就職するのではなく、アカデミック(大学などの公的研究機関)の研究者になりたいと考えていたため。

  2.  研究は趣味のようなものだったので、趣味で生きていけるなら悪くないと感じたため。

  3.  収入と人生の幸福度合いに強い因果関係がなかったため。


 残念ながら欧米と比較すると、日本社会における博士号の価値というのはそこまで高くないように感じます。しかし、アカデミックの研究者になるためには博士号は必須の条件です。漠然とではありましたが、私はアカデミックの研究者になりたいと考えていたため、博士課程に進学しようと考えました。


 どんな人もなにかしら趣味を持っていると思います。映画鑑賞だったり、読書だったり人それぞれいろいろあると思います。私も映画や読書をするのはとても好きですが、一番好きな趣味は実験をして、新しいことを見つけることでした。ですので、待遇は決して良くなくとも趣味の研究でお金を貰えるならば、例え条件が悪くてもそんなに不幸なことではないと思い、博士課程に進学することにしました。誰でも、「一日中好きなことをしてたらそこそこのお給料あげるよ」と言われたら誰でもその仕事を選ぶのではないでしょうか?


残念ながらアカデミックの研究者の給与はあまり高いとはいえません。生涯年収は、企業に就職したときよりも大きく減ってしまうと思います。私はあまりお金がたくさんあればあるほど幸せになれるタイプの人間ではなかったので、収入が低くても好きな仕事をすることを選択しました。
 

4 どんな人が博士課程に進学すべきか?



 現在の状況で博士課程に進学すべき人は、アカデミックの研究者になる強い意志をもっている人に限定されるのではないかと思います。


なぜなら、前述した博士課程修了者の就職状況の悪さのみならず、
①近年の就活市場の状況と、②社会人大学院制度の充実が就職ではなく博士課程への進学を選択する意義を一層希薄にしているためです。


 ここ数年の就活市場は完全な就活生有利の売り手市場で、超大手とよばれる企業にこだわりさえしなければ、間違いなく内定を得られるでしょう。一方で大学院に進学した場合2-3年経過した後に景気が悪化し、就活に苦戦するという可能性も大いにあります。


 また、近年では社会人博士課程の制度が充実しつつあり、就職先が社員の博士号取得に前向きならば、働きながら博士号の取得を目指して大学で研究することも可能です。実際私が所属していた研究室にも社会人博士課程の方がいました。仮に博士号の取得に魅力を感じるとしても、それは大学院に進学しなくても成しえるというのが現状なのです。


 これらのことから、博士号所得後に企業に就職しようと考える可能性がある場合には、修士あるいは学部卒業時点で就職することが望ましいと考えます。


5 学振・特別研究員への採択を期待して博士課程に進学してはならない



 日本学術振興会の特別研究員という制度をご存知でしょうか。優れた若手研究者に自由な発想のもと研究を遂行する機会を与えることを名目にした、博士課程学生を支援する制度です。採択された学生には給与と少額の研究費が与えられます。博士課程への進学した学生のほとんどはこの特別研究員になりたいと考えていると思います。
 
 博士課程に進学する学生さんの中に、特別研究員への採択を期待しすぎている(というよりもはや採択を前提にしてしまっている)人が一定数います。こういった学生さんは、親や友人などに「博士は就職が難しいらしいし収入もないから大変なのでは?」と言われたときに「特別研究員になれば大丈夫。お金も貰えるし、職歴にもかけるから仕事も見つかるよ」と反論します(わたしもそうでした)。


 確かに、特別研究員の肩書は強力でその後のキャリアに大きな弾みとなることでしょう。しかしながら、研究は水物で、与えられたテーマによってはなかなか論文がでないこともあります。我こそはと考えて博士課程に進学する学生の中には、やはり上には上がいるもので渾身の申請書を提出しても採択されないこともあります。そうなってくるとどんどん自分で自分を追い込む結果になり、精神的に追い詰められていきます。


 私も特別研究員には毎年応募しましたが、遂に採択されることはありませんでした。3回目で不採択になったときは流石に、「就職しとけば良かったかな」と思ったものです。しかし、そもそも経済的安定を追い求めるならば、博士課程に進学するのではなく、明らかに修士を終了した時点で就職すべきだったと言えます。
  


博士課程への進学に興味があると同時に、特別研究員への採択(すなわち経済的な安定)に固執し過ぎてしている学生は、修士の時点で就職したほうが後悔しないと思います。


  

6 これからアカデミックの研究者になって未来はあるのか?



 1990年代の大学院重点化によって大学院の定員が増えたものの、社会的な受け皿が用意できず余剰となった博士が大量に発生してしまいました(いわゆるポスドク問題)。
確かに現在40代の世代はとても優秀にも関わらず任期のない役職に就けていない人がとても多いように思います。
 
 このような状況ですから、現在博士課程に進学する学生は減少しつづけています。それを案じてか最近は若手研究者を支援する動きが活発化しているように思います。
たとえば、平成31年度の科研費では補正予算による科研費の増額分の多くが学位所得後8年以内の研究者を対象とした種目(若手研究)に割り当てられたため、採択率がおよそ40%という非常に高い数値となりました(普段は30%くらい)。


また、大型研究費のひとつである新学術領域研究の見直しによって、これまでの課題に加えて若手研究者グループによる課題が創設されることが打ち出されていました。このように若手研究者を何とか確保しようと様々な取り組みがなされています。


先行きは非常に不透明ではありますが、博士課程に進学し、アカデミックの研究者になるという選択肢も以前ほど無謀な選択ではなくなってくる可能性はあると思います。


7. 最後に


ここまでお読みいただきありがとうございました。
お読みいただいた方の博士課程進学についての理解が深まれば幸いです。進学か就職が悩んでいた方は、自分の進路をよく考えて、自分が納得できる選択をして頂ければと思います。



ライター
LabBase Media 編集部
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