技術も人も共同研究も面白いソフト開発

――大学での専攻や島津製作所への入社の経緯を、まずは冨田さんから伺えますか?
冨田:大学では造船学、特に流体力学を学び、船体周りの水の流れを模型船を用いた実験値と、数値解析シミュレーションを比較して低燃費の船体研究をしました。卒業後は畑違いの電機会社で、車のオーディオや写真印刷用プリンタのメカ部分の開発に従事しました。そこで携わった「精密搬送」という機械設計技術を生かし、当社に移ってからは高速液体クロマトグラフを使った分析装置の機構開発を手掛けました。その後、品質保証、中国開発センターで中国市場向けの開発、クロマトグラフ開発部門を統括し、現在は分析計測機器全体の開発、製造の統括をしています。
――若手のお二人は、どのような経験をお持ちでしょうか。
中木村:大学時代は農学研究科で、所属する研究室では、光分析で畜産動物の病気を診断する方法の研究等を行っていました。搾乳したミルクに光を当てて牛が病気かどうかを診断する研究で、島津製作所の紫外-可視分光器も使っていたのですが、その性能の高さに魅力を感じて、2012年に当社に入りました。ソフトウェア開発に携わって10年になり、現在は質量顕微鏡のソフトを開発しています。
澤田:私は、大学ではマルチメディア分野の科学技術を扱う総合学科を専攻し、大学院では物体にレーザー光を当て、後方に現れる回折像をカメラで撮影し解析するなど、光学や画像処理について研究しました。新卒で入社した印刷機会社では、画質向上のためのアルゴリズムを考案し、その後はX線CTの会社でフラットパネルの評価方法など画質全般を担当しました。2019年に島津製作所に中途入社したのは、当社のホログラフィック顕微鏡とAI技術を掛け合わせたソフト開発に興味を持ったからです。技術だけでなく人も共同研究も面白くて、「ハード×ソフト」の醍醐味を味わいながら開発を行っています。
画像処理技術で分析機器を変革する

――入社後に手掛けたプロジェクトについてお聞かせください。
中木村:現在プロジェクトリーダーとして、物質を構成する分子の質量を測る質量顕微鏡のソフトウェア開発に携わっています。質量顕微鏡はイメージング装置と質量分析機器の一体型装置で、主に薬の開発で使われています。
例えば、新薬の開発過程において、薬効成分が標的の組織に行き届いているかどうかを確認する必要がありますが、生体試料切片を質量顕微鏡で測定することで、この薬効成分の分布を可視化することができます。
また、質量顕微鏡を用いて、正常な検体と病気の検体を比較し、病気の検体に特異的な因子を探し出す研究も行われています。このような研究では、質量顕微鏡の膨大なデータを解析する必要がありますが、統計解析を用いることで膨大なデータを効率良く解析することができます。統計解析は生物学者や化学者に敬遠されがちですが、統計の専門家でなくても簡単に解析できるソフトウェアを目指して開発しました。
冨田:従来は、装置が出した数値データの特徴量を分析者が判断するという、いわば「知識が全て」の分析でした。当社では、そこに新たにビジュアルデータを加え、分析の補助または主導を可能にしています。つまり、画像を用いた分析機器の変革です。
――他にはどのようなプロジェクトがありますか?
澤田:細胞画像向けに開発した「CultureScanner CS-1」という装置は、細胞の厚みを数値化し、プログラミング技術で細胞を画像データ化することで、細胞培養過程の観察や品質管理に役立ちます。当製品ではAIによる画像解析精度も高く、細胞コロニーや核の場所が推定できることも明らかになりました。
その技術を応用し、一般的な位相差顕微鏡向けに「Cell Pocket」というソフトウェアも開発しました。細胞培養において研究者は、細胞の形態情報のちょっとした違いを定量化するのに苦労されています。
細胞は培養条件ごとに画像特性が異なり、アルゴリズムでの分類が難しいのですが、Cell PocketならAIで画像を検出し、例えばある条件下での画像内におけるコロニーの占有率が何%というデータを瞬時に得られるため、研究者の作業を大幅に効率化できます。
他にも、ディープラーニングと画像処理を組み合わせて初めて解決できる課題がたくさんあります。当社のお客さまは、まだ解決策の存在しない課題を抱えているケースもあり、そんなオンリーワンの課題にトライできることも醍醐味ですね。
高まる自動化と画像処理のニーズに応える

――分析機器の老舗として、市場優位性のためにどんな挑戦をしているのでしょうか。
冨田:分析の領域でも昨今、自動化の流れが高まっています。例えば野菜の残留農薬を分析する場合、野菜を機械で粉砕し、絞り、ゴミを除去するなど、分析開始までに非常に時間がかかります。その上、今までは専門家が分析データを見て異常値を探していました。
理想としては、野菜を装置にポンと放り込み、ボタンを押したらサンプルができ、分析結果がメールで通知されたら効率的。ハードウェアにデータマイニングを組み合わせ、質量分析データの波形をAIで検出して、研究者の労力をセーブするという発想です。
臨床検査の血液分析などでも、検査室のパソコンでデータの異常値を人がチェックする代わりに、AIで自動化すれば、もっと短い時間で検査結果を戻すことができて、より多くの人の命が救えるかもしれません。
当社では、多領域でソフトウェアによる自動化ニーズの高まりに対し、例えば細胞画像に対するAIの自動判定支援や、質量分析での波形処理の自動診断などを展開しています。次世代としてさらなる画像診断技術を開発し、より高度な自動データ抽出機能を提供していきます。
――その取り組みを企業としてどのように戦略化していますか?
冨田:数値や波形の分析データに、画像情報を加えるという方向性は、今後大きなトレンドになると予想しています。そのため、データ解析に対する人材強化や、自動化を推進する部署の新設計画も進行中です。また、外部との信頼関係も強みで、アカデミアや企業からの装置アイデアを多数実用化しています。
さらに、社内に「スタートアップ・インキュベーションセンター」という部隊を1年前に設置しました。面白いアイデアをすくい上げ、インキュベートする(吸い上げる)ことが目的で、現在は新しいがん治療に関する取り組みなどが進行中です。
長期スパンでは、基盤技術研究所でディープテックにも取り組んでいます。ディープテックは社会にインパクトをもたらす革新的技術です。東京大学と共同研究中の光格子時計など、すぐには収益化しなくても、独自技術を作り込んで将来的に活用することを視野に入れています。
世界を動かす分析の要はソフトウェア

――仕事でやりがいを感じるのはどんなときでしょうか。
澤田:「こういう解析がしたい」と要望を受け、実現方法が分からない状態から試行錯誤し、最終的に「これが欲しかったんだよ!」と言われたときです。使いやすさを意識したソフトウェア画面のデザインや操作方法も然りですね。
冨田:分業制ではなく、一人が手がける範囲が広いことも当社の面白さ。車のオーディオ開発では開発はパートごとの分業制でしたが、当社の開発では、駆動系のメカ設計から、外装設計や耐衝撃性のための落下試験まで任され、全工程に関わることができます。もちろんこれはどちらが良い、ということではありませんが、幅広く開発に従事できるところに私は魅力を感じました。
中木村:分析機器を通して世の中の発展に寄与できることが私のやりがいです。当社の主力事業である分析機器は、化学以外の分野ではあまり知られていませんが、食品から電子機器、建物まで身の回りのあらゆる物を作るのに欠かせません。普段の生活で目にすることはありませんが、縁の下の力持ちとして社会に多大なインパクトを与える分析機器を作る当社は、私の就活での第1志望でした。
例えば当社製の使いやすいソフトが製薬メーカーの研究効率を上げ、早く新薬が完成すれば、確実に救える命があるはず。自分が携わるのは一部分でも、年月を重ねて大きなインパクトを生み出せることが当社の魅力ですね。
――最後に、今後どんな人と働きたいか教えてください。
澤田:新しい試みを応援してくれる社風があるので、好奇心がある人に最適です。当社には、メカ、電気、ソフト、細胞、分析まで多様な専門性の技術者がいて、共同研究先も豊富。ソフトウェアの実装が得意な人もいれば、同じ情報技術者でも私は画像処理、中木村は統計解析や数学が得意というように異なりますし、性格的にも積極的な人も後方支援が得意な人もいます。 多分野の専門家が集まっていることが強さなので、どんな個性も歓迎です。
中木村:事業部は製品化の部隊なので、AIなどの技術や開発力そのもの以上に、「製品にして世に出す意識」が大切。どれだけ多くの価値を提供できるか、という視点を持つ人が活躍できると思います。
冨田:新技術でチャレンジがしたい人なら、コラボレーターを探して製品や事業を生み出すチャンスも実際にあります。分析の領域では装置の性能向上も大事ですが、ソフトウェアの出来がシステム全体の優劣を決める重要因子となるケースが増えていて、開発も加速しています。まずは「ソフトウェアが分析の要なんだな」という理解から始めて、島津の、そして世界の分析を変えてやる、という意気込みで来ていただけたらうれしいです。
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編集後記
トレンドを読み、変化に柔軟に対応するスピード感と、長期的な観点でディープテックに取り組む姿勢という、二つの要素を併せ持つ島津製作所。そこには、進化へのあくなき追求と同時に、それを支える分析機器の老舗としての矜持(きょうじ)が感じられた。ハードとソフトの両面から世界を動かす現場に、情報系人材としてぜひ参加してみてほしい。
※所属・内容等は取材当時のものです。(2024年4月公開)