大手電機メーカーから「科学とダンス」を両立させた職業に

――まず、サイエンスエンターテイナーの仕事について教えてください。
全国各地の商業施設やお祭り、科学館などさまざまな場所で、特技であるヒップホップダンスと科学実験をかけ合わせた「サイエンスショー」を披露しています。「できるだけ多くの子どもたちに機会を提供したい」という想いから企業からご依頼をいただく形で子どもたちの参加費は無料に、科学が好きで来てくれる子どもはもちろん、偶然ふらっと立ち寄ってくれた子どもたちも対象に、サイエンスショーを通して科学の面白さや楽しさを伝えています。
――サイエンスエンターテイナーを始めたきっかけは何だったのでしょうか。
もともと職業としては「科学者」と「ダンサー」に関心があったのですが、まったくジャンルが異なる職業ですよね。かけ合わせたら面白そうだけど、かけ離れすぎて「受け入れられるわけがない」と思っていました。
でも、あるとき「踊りながら生クリームをシェイクしてバターにする実験」を試しにやってみたんです(笑)。そしたら子どもが喜んで参加してくれて。そこで初めて「これだけ楽しんでもらえたなら、科学とダンスって両立できるんじゃないかな」と気づきました。
その後は、生クリームをこう振ったら短い時間でバターができるとか、容器はこうしたら子ども達が見やすいとか……いろいろな試行錯誤も重ねながら、少しずつ求められていることを見つけていきました。
――試行錯誤を繰り返してパフォーマンスを確立していったんですね。サイエンスエンターテイナーをする前は、どのような仕事をされていたのですか?
大学を卒業後、大手電機メーカーに就職し、自社工場とクライアントの橋渡し役を担うセールスエンジニアとして働きました。技術職ではあるものの、理系の知識だけでなくコミュニケーションスキルも求められる仕事でしたね。また、数億円規模のプロジェクトに携わることができ、やりがいも大きく、社会的意義を感じることができました。
ただ、人生一度きりしかないと考えたとき、「せっかくなら好きな科学とダンスを仕事にしたい」と思い、まずは企画書をいろいろな科学館に送ることにしたんです。
――新しいキャリアを切り拓くのには勇気がいると思いますが、不安はなかったのでしょうか。
結構考え込むタイプなので、すんなり決断はできませんでしたね。「このまま勤めていたほうが安定だよ」と当時は周りにも言われたので相当悩みました。温泉でキャリアについて考えすぎてしまい、のぼせて頭を打って意識を失ったこともあるほどです(笑)。でも今振り返ると、そのけがが心機一転するきっかけになったかもしれません。ちなみに親には相談したら猛反対されたので、事後報告しました(笑)。
前職の時とは違って会社員ではないため、実験道具の調達や運搬から経理、確定申告など全て一人でこなさなければいけません。でも逆に言えば、「レールが用意されておらず、自分で新しい道を作っていける」ということ。そこが面白さであり、魅力だともいえますね。
子どもたちに、科学に触れるきっかけを提供したい

――サイエンスエンターテイナーの仕事でやりがいを感じる瞬間はどんなときでしょうか。
今まで学校外の時間で科学に積極的に触れる機会がなかった子に、実験をしてから「楽しかった」「将来は科学の勉強をしてみたい」と言ってもらえたりすると、科学の魅力や楽しさに触れるきっかけを提供できたのではないかとやりがいを感じますね。また、1人の子と長く付き合う学校とは違い、サイエンスショーはその日その時偶然会った子に短時間で科学について伝えることが多いです。だから、一期一会の出会いで参加した子どもたちが目をキラキラさせているのを見ると、やってよかったなと思いますね。
私自身、子どもの頃はあまり塾に行けなくて、勉強もそこまで好きではありませんでした。ただ、楽しいと思えるきっかけがあればもっと好きになっていたと思うんですよね。そういう意味で、昔の自分に向けてサイエンスショーをしている部分はあるかもしれません。
――理系女性の進路選択を支援する活動「Support for Women in STEM」もされているそうですね。
日本は、STEM※を選択する女性の割合がOECD加盟国の中でワースト1位といわれています。私は理工学部出身ですが、女性比率は1割ほどでした。大手電機メーカーでエンジニアをしていたころも、部署のメンバー25人中女性はたった2人。私にとっては当たり前の状況でしたが、世界に目を向けるとそうでもないことを知ったんです。
私自身、周りに気軽に人生相談ができる人がいなくて悩んでいました。その経験から、「自分と同じようなことに悩んできた人の相談役になりたい」と思ったんです。
女子学生の進路相談を受けたり、小中学校で理系の進路に関する講演を行ったり、カリフォルニア大学サンタバーバラ校で「I♡STEM」という地元の女子学生に向けたワークショップや相談会の協力をしたり、さまざまな活動をしています。
※Science, Technology, Engineering and Mathematicsの総称を指す言葉。
変化の時代、自分らしいキャリアはどう築くべきか?

――「自分らしいキャリア」を築くためには、何が重要だと思いますか。
日本は、世界に類を見ない急速な少子高齢化社会が到来しています。また、テクノロジーの進化も「秒針分歩」です。今までは非常識だったことが常識になることもどんどん起きるでしょう。そんな時代だからこそ、周りの声や常識にとらわれず、自らと向き合い学び続けることが大切だなと活動を通して感じることが多いです。
――五十嵐さん自身、学ぶ姿勢を忘れず、日々進歩されているんですね。
学ぶ姿勢は持ち続けたいと思っていますが、常に進歩しているかは分かりません(笑)。でも、前に進んでいるように思えない時こそ、「もしかしたら温まりにくいものを熱しているのかもしれない。時間はかかるけど、一度温まったら冷めにくいぞ!」と思うようにして、その時できることを大切に思ってやるようにしています。
また、私は理系出身であることもあり合理的に損得で判断しがちでしたが、一人で仕事するようになって「これが好き」「こういうのは実は嫌だ」と自分の感情に向き合う機会が増えたように思います。本音で自分と向き合う時間、合理的に考える時間のバランスをとることも自分自身の判断で活動を続ける上では大事だと思っています。
――自分の軸を理解し、磨いていくことが大切なんですね。
そうですね。だから進路を選んだ理由を聞いたときに「普通こうだよね」「親がこうだから私はこうする」みたいな返答が来る子には「本当にそれで良いの?」と自戒も込めて一度は聞くようにしています(笑)。人生は一度きりじゃないですか。常識や固定観念にとらわれずに考えるきっかけくらいはあってもいいのではないかと思います。
――最後に、進路に悩んでいる理系学生や理系院生へメッセージをお願いします。
科学者やエンジニアのように、自分の研究内容やスキルに直結した職業を探すことも多いと思います。それも一つの考え方ですが、もしやりたいことが世の中にある職業と合致しない場合は、できることを組み合わせて新しいキャリアを拓いていくのも面白いと思います。サイエンスエンターテイナーがまさにそうですが、「これ仕事にできないだろうな」と思っていても、やってみたら意外と喜んでくれる人がいるかもしれません。
誰に求められるかは試行錯誤して見つけなければいけませんが、最初から職業や業種にとらわれすぎる必要はないのかなと思います。例えば、日本だけではなく、海外では同じようなことを目指している人、すでに実践しているロールモデルがいることもあるので、一旦笑ってしまうくらい視野を広げて物事を見てみるのも面白いかなと考えています。
編集後記
自分らしいキャリアを作り上げていくのは決して易しい道のりではない。正解のない中で自分で考え、判断して進まなければならない。だが「周りの目や常識にとらわれずに、チャレンジしてみよう」と五十嵐さんが話すように、最初の一歩を踏み出すのは自分自身だ。今回の取材はそんな勇気をくれるような内容だった。