「道具なしには進化できない」──EDAツールの本質
──まず、EDAツールとは何か、わかりやすく教えていただけますか。
柳田:高度な半導体設計において、EDA(電子設計自動化)ツールはなくてはならない存在です。EDAツールとは半導体の設計・検証および製造を支援するソフトウェアです。論理設計が正しく機能するか、製造可能なレイアウトになっているか、配線幅やスペースがプロセスルールに適合しているか──こうした検証を、天文学的な数の項目にわたって高速かつ正確に処理します。
ひとことで言えば、半導体を作るための”究極の道具”のようなものです。ものづくりは優れた道具がなければ始まりません。家を建てるのに、大工道具がなければ何もできないのと同じです。特に最先端の半導体を生み出すには、常に進化し続けるEDAツールが不可欠です。この道具が共に進化し続けているからこそ、AI、IoT、自動運転といった先端技術が次々に生まれ、発展を加速していきます。EDAは、まさにそうしたイノベーションの最前線を支える、非常にやりがいのある分野と言えます。
──御社は半導体メーカーにEDAツールを提供しています。半導体メーカーはなぜ自社で開発せず、専門ベンダーのツールを使うのでしょうか。
柳田:かつては、日本のメーカーも自社でツールを内製していた時代もありました。しかし、現代の半導体は、プロセスが10nm代から5nm、3nm、さらには2nmと超微細化が進んでいます。この微細化には、単にトランジスタの数が爆発的に増えるだけなく、構造やそれらの相互作用、これまで考慮しなかった物理現象まで設計・検証の対象となることを意味します。このような膨大な数の要件を考慮した設計と検証を正確に処理し続けるには、継続的な技術開発と巨額の投資が不可欠です。半導体メーカー各社が本業である半導体設計開発と平行するより、EDAツール開発に特化した専門ベンダーの活用が非常に効率的で合理的な選択と言えるでしょう。
──EDAツールは「縁の下の力持ち」とよく言われますが、柳田さんはどう捉えていますか。
柳田:「縁の下の力持ち」という表現はもちろん正しいと思いますが、後ろから支えているのではなく、その進化を「共に創り出し、並走している」存在だと考えています。半導体が進化すればするほど、EDAツールの重要性は増します。むしろ、「半導体進化の一部」と言えるかもしれません。
──具体的に、どのような場面でEDAツールが重要になるのでしょうか。
柳田:特に今、シーメンスEDAが力を入れているのが、従来の各工程での検証フローに加えて、3D実装や先進パッケージングの領域です。異なる種類の半導体チップを積層する技術では、各チップ間の接続検証、熱シミュレーション、応力の計算など、従来とは比較にならないほどの複雑な検証が必要になり、先進的な設計・検証技術が必要不可欠です。
そこでEDAツールが必須になります。
私たちの会社の看板商品である物理検証ツール「Calibre(キャリバー)」は、複雑な3D構造の設計データを高速かつ高精度に最適化・改善し、品質と信頼性を保証します。Calibreは、お客様がこのツールを使って設計・製品化したということ自体が、世界最高水準の品質基準を満たしている証となるほどの業界標準であり、高いブランド価値を持っていると自負しています。

日本の半導体業界の「満足しない」DNA
──柳田さんは業界歴20年のベテランですが、日本の半導体業界の強みをどう見ていますか。
柳田:日本人の強さは、「満足しないこと」だと思います。
例えば、お客様に何か課題を解決するソリューションを提案して、7割8割ができたとしても、絶対に満足してもらえないんですよ。「残りの部分はどうするのか」「理論上起こりうる問題をどう潰すのか」──そこまで追求するのが日本のエンジニアです。
海外だと、「実際にそんなことは起きないでしょう」で終わることも多い。でも日本では、理論上起こりうることは全て潰しに行く。それが製品の強さ、ものづくりの強さに繋がっていると感じます。
日本メーカーの持つ強さは「現状に満足しない」「少しでも良いものを作る」という探求心の精神だと思います。あらかたを予想できたとしても、「別のケースではどうなるのか」、「理論上起こりうる問題を網羅する」、そこまで追求するのが日本メーカーの強さですね。半導体の設計から製造まで自社で行ってきた歴史があり、そこで培った深い経験と知識が日本の半導体技術の礎となっていると感じます。
──日本のエンジニアの探究心は、どこから来るのでしょう。
柳田:やはり、自分の担当だけやればいいという発想で仕事をしていないからでしょう。前後の工程を見ながら、周りを見ながら、もっとできないかを常に考える。「ここまでやればいい」じゃなくて、「もっとできないか」という発想が日本メーカーにはあります。
野球で言えば、先日のワールドシリーズで山本投手が中継ぎを志願して登板したような精神ですね。自分の役割だけでなく、チーム全体の勝利のために何ができるかを考える。それが日本メーカーの強さだと思います。
20年前との対比──分業化の光と影
──業界に入られた20年前と今では、どのような変化がありましたか。
柳田:20年前、つまり2000年代前半は、日本のSoC全盛期でした。各メーカーが国内に工場を持ち、設計から製造まで一貫して行う垂直統合モデルが主流でした。設計・製造の「核となる技術」を自らの手作り上げてきた方々が、課長や部長として現場にいた時代です。
その後、ファウンドリ(製造専門企業)が台頭し、半導体産業は国をまたぐグローバルな分業体制へと移行しました。日本企業はこの変化への適応で一時苦戦したと感じますが、「設計力」「開発力」という強みは維持してきました。
ただ、効率化・分業化を進める中で、「広く全体を見られる技術者」が減少してしまったのも事実です。一人ひとりが効率的に役割分担する一方で、全体を俯瞰できる人材の育成が課題になっています。
──しかし今、日本の半導体産業は復活の兆しを見せています。
柳田:そうですね。設計力を武器に、新しいエコシステムの中でうまく位置づいてきたと感じます。グローバル分業が進んでも、「物をどう作るか」「どう課題を解決するか」という部分では、日本は絶対に強いと思います。
「変化には必ず課題が生まれる」──進化し続ける業界の魅力
──EDA業界の将来性についてはいかがでしょうか。
柳田:非常に明るいと思います。なぜなら、「変化の過程には課題が絶対に出てくる」、その「変化」こそがEDAの存在意義だからです。たとえ成熟した技術であっても、改善や最適化の余地は常に存在します。
つまり、半導体が進化し続ける限り、EDAツールのニーズも尽きないということです。
──具体的には、どのような技術トレンドがありますか。
柳田:半導体技術の進化の最前線ではAIの活用でEDAの新たな可能性を広げています。過去の膨大な設計資産からパターンを学習し、人間では到底見つけられないような最適解を瞬時に提案・生成する。これにより、設計者はより創造的な作業に集中できるようになり、設計期間の劇的な短縮と効率化が得られます。私達も社内のAI環境を活用し、過去の技術情報から早期に適格な提案できる環境があります。技術の進化とともに、私たちのツールや働き方も常に進化しています。
「ものづくりを支える」やりがい
──20年間この仕事を続けてこられた原動力は何でしょうか。
柳田:いろんなお客様の現場に携われることです。先端技術を使っている企業から、成熟した技術で着実に製品を作っている企業まで、本当に多様です。
どのお客様も、「いいものを作りたい」という想いで開発されています。そういう現場で必要とされ、課題を共に解決し、成果を出していく。お客様が成功すれば、自分も嬉しい。それがこの仕事の魅力ですね。
──アプリケーションエンジニアとして、どのような働き方をされていますか。
柳田:週に5〜6回、お客様とミーティングをしています。お客様が直面している課題をヒアリングし、どういうソリューションが最適かを考え、提案する。お客様の計画に合わせた中長期的なツール導入を計画することも多いです。製品開発部門とも連携して、より最適に導入していただけるような機能追加の提案、導入に向けた環境開発も提案します。
同じ仕事はほぼありません。お客様が変われば課題も違うし、その重みづけも違う、製品の種類が違えば求められることも違う。だから常に考え続ける、学び続ける仕事なんです。
理系学生に求められる資質
──どのような人材が、この仕事に向いているでしょうか。
柳田:まず、半導体の基礎知識は必要です。半導体とは何か、電子回路の基礎、製造・設計・開発の各工程について、ある程度理解していることが前提になります。
ただし、半導体専攻である必要はありません。例えば、プログラミングスキルが強い人も活躍できます。設計環境をプログラムで構築していく場面も多いので、ソフトウェア開発経験者も十分可能性があります。
──コミュニケーション能力も重要だとお聞きしました。
柳田:非常に重要です。ただし、「話すのが上手い」ことではないんです。重要なのは、「聴く力」です。お客様が抱えている課題を正確に理解することが、すべてのスタート。問題を持っているのはお客様側なので、まず聴いて、理解して、そこから解決策、提案を考える。エンジニア同士なので、わからないことは正直に聞けばいい。その素直さの方が大切です。
──探究心についてはいかがでしょう。
柳田:これは絶対に必要です。製品の構造、扱うデータ、使用方法を自ら学ぶ姿勢がないと、なかなか難しいかもしれません。
ただ「指示されたことをやる」仕事ではありません。お客様ごとに状況や課題が違うので、「こうしたらもっと効率が上がるんじゃないか」「この機能を組み合わせれば解決できるんじゃないか」──そのようにアイデアをみんなで出し合って、一つの提案を作っていく。だからこそ主体的に考え、アイデアを出せる人が向いています。

オープンで風通しの良い組織文化
──チームの雰囲気はいかがですか。
柳田:年齢や立場に関係なく、非常にフラットです。各自の「強み」と「弱み」をオープンに共有し合う文化があります。
一人がすべてを知るということは難しいです。それぞれの強みを活かし、弱みを補完し合う。チームワークで、最適な提案を作り上げていきます。
──新人でも意見を言いやすい環境ですか。
柳田:もちろんです。新人も含めて、みんな自由に発言します。むしろ、発言しないと仕事が進みません。
一つ強みがあれば、弱みがあってもまったく問題ありません。「自分はここが強いけど、ここはわからない」──それを正直に出し合うことで、お互いに助け合えます。製品知識は入社後に学べばいいので、まずは正直さとオープンマインドが大切ですね。
学生へのメッセージ──「自分の研究を活かせる」と信じて
──最後に、理系学生の皆さんへメッセージをお願いします。
柳田:ぜひお伝えしたいのは、「自分の研究が実業務に直結するかどうか、自分で判断しないでほしい」ということです。
今は直結しないかもしれません。でも、半導体やシステムがもっと進化する中で、今の幅広い研究が活かされる場面は必ず出てきます。自分がこれまで学んできたことを生かして、「新しいものを作ってやる」くらいの勢いで、ぜひ飛び込んできてほしいですね。
編集後記
「道具なしに進化はない」──シンプルだが、的確にEDAツールの本質を表現する言葉だった。半導体産業の進化を「横で並走する」存在として、技術革新の最前線に立ち続ける柳田氏の姿勢からは、20年のキャリアに裏打ちされた確信と誇りが感じられた。
特に印象的だったのは、「変化には必ず課題が生まれる」という前向きな課題観だ。成熟した技術でも改善余地は常にあり、新しいプロセスが生まれれば新しい技術が必要になる。つまり、EDA業界には終わりがない。半導体産業が進化し続ける限り、やりがいも成長機会も尽きることがないのだ。
また、日本の半導体業界の「満足しない」DNAについての語りも興味深かった。7割8割の解決では終わらせず、理論上起こりうる問題まで徹底的に潰す──その探究心こそが、日本のものづくりの強さの源泉だという指摘は、理系学生にとって大きな励みになるだろう。
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