博士課程の3年間は「ただ実験をすればいい」のではない。

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LabBase Media 編集部

博士課程の3年間は「ただ実験をすればいい」のではない。

「博士学生の8割が博士進学に不安。」 これは2019年10月に取ったアンケートの結果です。みなさんの周りにも博士進学に不安を感じていたり、また博士進学か就職か悩んでいる人もいるのではないでしょうか。 そこで、東京大学大学院・生物/農学系専攻の博士3年の方に寄稿を依頼!博士に進学後をどのように過ごしていたのか、また博士に進学して良かったこと、大変だったことなどを赤裸々に綴ってくださいました。 みなさんの進路計画のお役に立てれば幸いです。

M1の冬、「自分の研究テーマを誰にも譲りたくない。」


まずは私が博士課程に進学した理由から。
これを記すにあたって、まずは私の性格を少し把握してもらったほうが私の行動を理解しやすいのではと思ったので最初に私の性格について簡単に説明します。私を構成する5個の性格は、


・かなり繊細、
・負けず嫌い、
・協調性少なめ、
・好奇心強め、
・完璧主義。


特に、負けず嫌いは私の決断に大きく影響しています。


私は最初から強い感情をもって博士進学を考えていたわけではありません。大学院に進学したときには、修士で出て就職しようと思っていましたし、実際、就職活動もしていました。就職活動を通して、当時希望していた職種のワンデーインターンや企業研究をしていくうちに、自分の研究がどれほど面白いことかを改めて実感したのです。つまり、我々の生活を便利にすることを目指した企業で働くことより、自然の現象の真理や基本原理の発見を目指す研究をすることこそが、自分の知的探求心を刺激するのだと気づいたのです。


そして芽生えたのが、「自分の研究テーマを誰にも譲りたくない。」という感情。
それほどまでに自分の研究テーマに愛着があり、自分の手で明らかにしたいと思うようになっていきました。


「私は博士としてふさわしいのか?」



私にとって博士課程の学生は「なんでも出来る人」というイメージを持っていました。状況把握能力、研究遂行能力が高く、インプット・アウトプットが上手で、かつ英語をバリバリに話すことができる人こそが博士課程にふさわしいと思っていました(その当時、天才的な先輩方がいたからです)。
そんな完璧な人を頭に描いていたため、自分の能力とのギャップに急激に焦りを感じ、そして、博士課程で実験を3年間するだけではなく、成長しなければいけないと強く思いました。


 

進学してよかったと言えるのは、3年間試行錯誤したから。



私が研究に対して持っている基本理念は、
「研究遂行に必要な基礎的能力を高め、研究の質を高められるならば、どんなことでもやってみよう」ということ。


研究遂行に必要な基礎的能力とは、
①自分のなまの関心を、学問の言葉で再構成・表現して、学問的に意味のあるテーマと明確に限定された課題を設定する力
②テーマに関連する先行研究を過不足なく探し出し、読み、正確にしかし批判的に理解する力
③自分の研究課題に適切な資料・史料を収集し、またその研究に必要な方法を選択する力
④こうしてわかったことを、構成し、配列して、わかりやすい言語で表現する力です。
いわゆるプレゼンテーションのテクニックや論文執筆の技法は、その一部です。


 


そして、この力を身につけより一層成長するためにこれまで実践した行動の一部を下記に示します。


【実践したこと】

  • 実験の計画から結果まで文章としてちゃんと記録する(昨日の自分は今日の自分と全く違うと思った方がいい)

  • 実験を念入りに計画する(実験計画はとても重要で、先行研究をなぞった計画ではいけない。美しい実験デザインを心がける。おすすめの参考図書は「生命化学の実験デザイン」)

  • 実験計画をたてたらすぐに行動すること

  • 毎日の作業量を記録する(見える化することにより仕事のペース配分が上手になる)

  • ゼミで積極的に発言しようと心がける(発表者の研究をより良くするためには、どういうアドバイスが効果的かを考えながら、ゼミをうける)

  • ゼミ資料は手を抜かず伝わりやすい資料を作る(発表前の2~3週間前から準備を行う。ゼミ資料の見た目は研究に対する態度を映す。)

  • 自分の研究分野に関連した学問について本を読んで知識を深める(興味をもったところには必ずふせんと印をつけて、自分の研究と関連づけたコメントをノートに記録する)

  • 英語力の底上げ(特にスピーキングスキル、TOEIC)をする(学校で実施されている無料の英会話プログラムなどに参加するなど)


など


これらの行動によって、自分と向き合う回数が増えて、これまでの自分(修士のころ)と比べて明らかに成長できたと実感できます。
さらに、研究に関する能力だけでなく、自分の趣味における技術も上がった(気がする)笑
という点において、博士進学をして良かったと言えます。


一方で、経済的な負担によって心の余裕が失われるようにも感じることがあります。それは博士課程進学することによってかかる授業料(年間約52万円)、奨学金(年間60万円)という借金が増えることです。私は実家から離れた大学に進学したため、一人暮らしのための生活費に奨学金が必要でした。奨学金は学部から博士まで、総額にすると約400万になります(一部免除もありますが、それでも高額です)。何百万という借金の存在は常に頭の片隅にこびりつき、借金を返せるように将来は稼がなくてはいけないという考えに縛られて、本当に自分がしたいことは何かを見失う時がありました。



最後に


博士課程の3年間はただ実験をすればいいのではない、それだけは博士進学前から今もずっと思っています。よく実験デザインを考えること、重要だと判断したら素早く行動すること、自分の言葉で研究を論ずることなどの能力は、日ごろから意識して過ごさなければ身につくものではないと思っています。経験値に甘んずることなく、常に勉強する姿勢を持ち、自分のコア能力を育めば、物事の見方が徐々に変わってくることを実感できるようになります。






ライター
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